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「木曜日の子ども」 重松 清

読書メモ、見たり、読んだり、思ったり。

「木曜日の子ども」 重松 清

「木曜日の子ども」
著 者 重松 清 (しげまつ きよし)
発行所 KADOKAWA


 巻末に、「野生時代」2007年2月~09年1月号に連載された作品を大幅に改稿したものと記載されている。

 開巻冒頭で語られるのは七年前の事件、「木曜日の子ども」事件。

 その日のお昼前、一通の封書が旭ヶ丘中学校に届いた。中に入っていたのは、コピー用紙が一枚、パソコンの文字で一行、〈もうすぐたくさんの生徒が死にます、みんな木曜日の子どもです〉。

 二年一組の給食の野菜スープに毒物、ワルキューレという名前で知られる無職無臭の化合物が混入された。死亡した生徒九名。入院した生徒二十一名、うち三名は一時昏睡状態に陥る重症。

 犯人は事件の現場にいた二年一組の男子生徒。三十一人の生徒のうち、ただ一人無事だった。最初のうち、彼は「野菜スープは嫌いだから食べなかった」と言っていたが、犠牲者が九人にのぼったことを警察が告げると、一転して、他人事のように淡々と犯行を自供したという。

 主人公は四十二歳の男性清水。一生独身生活を送るつもりだった彼が離婚歴のある同年齢の女性香奈恵と結婚した。彼女には中学二年生の息子晴彦がいる。清水は晴彦を「晴彦くん」と呼ぶ。

 香奈恵と前夫との離婚原因はDV。

 晴彦は中学校に入学して間もなくいじめの対象となった。夏休み中に自殺を図ったあと、二学期はほとんど学校に通えず、その間、香奈恵と学校と教育委員会は話し合いを重ね、三学期からは学区外の中学校に転校することになった。

 新しい学校ではいじめにこそ遭わなかったが、クラス担任の教師によると、いつもなにかにおびえているような様子だったという。

 清水が結婚を機に移り住んだのは「木曜日の子ども」事件が起きた町だった。事件を起こした少年が住んでいたのは旭ヶ丘四丁目。清水一家が新居をかまえたのは一丁目。

 両親の結婚を機に晴彦が二年生の夏休み明けに転入することになったのは旭ヶ丘中学校。晴彦が転入するクラスの担任は、「木曜日の子ども」事件のとき隣のクラスを担任していた内藤先生だった。

 隣に住む大谷家の娘摩耶によると、内藤先生が、逆光に立つ晴彦を見た瞬間、晴彦を「木曜日の子ども」事件を実行した生徒と見間違ったという。

2019年1月31日 初版発行
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[ 2020/01/13 00:52 ] 重松清 | TB(-) | CM(0)
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