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藤沢周平 「日暮れ竹河岸」

見たり、読んだり、思ったり。

藤沢周平 「日暮れ竹河岸」

「日暮れ竹河岸」
著 者 藤沢周平 (ふじさわ しゅうへい)
発行所 文春文庫


 江戸の十二カ月を切りとった十二の掌篇と広重の「名所江戸百景」を舞台とした七つの短篇を収める、藤沢周平生前最後の作品集。

『江戸おんな絵姿十二景』

「夜の雪」

 政右衛門がおしづに縁談を持って来た。おしづの家は雪駄問屋だったが、八年前に父近江屋幸右衛門が急死するとたちまち潰れた。政右衛門は近江屋からのれん分けで外に店を持った奉公人である。おしづが十八の時、おしづと同年の奉公人が、ひとかどの商人になったらかならず会いに来ます、と言ってやめた。


 ――――ちっとも現れやしないじゃない?

 縁側にうずくまったまま、じっと雪を眺めていると、門の戸がことことと鳴った。はっと耳を澄ましたが、物音は一度だけだった。誰もいない夜の道を、風が駆けぬけて行ったらしかった。


 宮城谷昌光が『他者が他者であること』に収めた「藤沢作品の音楽性」のなかであげた作品が「夜の雪」である。

 宮城谷は、

小説を書くときも、小説を読むときも、感覚に厚着をさせてはならない

と書き始め、

嘘だとおもう人は『日暮れ竹河岸』の「夜の雪」を読みかえしてみたらよい。最後の文で、風がみえるではないか。そこにあるのが意識の目であり、本を閉じても、その風はやまない。

で書き終える。

 感覚に厚着をさせてはならないとは、過剰な形容詞や副詞を排すること。過剰な表現、思わせぶりな表現などを排除して客観描写に徹すれば、すべての読みを読者に委ねた潔い文章が仕上がる。

「うぐいす」

 二年前、竪川堀の長屋に住んでいたとき、おすぎは長屋で一番のおしゃべりだった。ある日、例によって井戸端でのおしゃべりを楽しんでいたとき、突然の火事で二つになる庄吉をなくした。亭主の勝蔵はおすぎを殴り倒し、一組の陰気な夫婦ができあがった。


「今度、親方の世話で鑑札をもらうことになった」
 前置きもなく、勝蔵はそう言った。

「おぼろ月」

 遠州屋との縁談がまとまり、あとひと月もすると嫁入ることが決まっている二十のおさとは、嫁入る前に誰かに胸の中の不満を聞いてもらいたかった。そこでたずねたのが子供のころから遊び友だちのきくえだった。

 きくえの家を出たのがおそく、物思いにふけりながらいそぎ足に歩いていると、突きとばされたように橋の上にころんでいた。

「つばめ」

 早くに両親に死に別れたおきちは、六つのときに祖父の六蔵に引き取られ、その六蔵が仕事先で倒れて寝こんだため、いまから三年前、十二の齢に両国の川端にある水茶屋に働きに出た。

「梅雨の傘」

 身体を売るもとになった長患いの父親が死に、一年前に借金を返して、気楽な身分になったおちかだが、まだ場末の女郎屋にいた。

「朝顔」

 おうのは三十八。夫婦の間に子はなく、いつまでも童顔の失せないたちで、見かけは三十過ぎくらいにしか見えない。夫の忠兵衛には妾がいるが、二十過ぎで崩れた色気を持つ女だった。取引き先にわけてもらったと言いながらも、おうのが世話をしていた朝顔の種子はそこから持って来たものだとわかった。


 不意におうのの耳に、朝顔の世話に熱心な自分をからかった忠兵衛の声がひびいた。


 日がさらに高くのぼり、誰もいない土蔵藏を白日が照らしたとき、そこにはむき出しに、異様な狼藉が行われた痕があらわれた。

「晩夏の光」

 外に男をつくって家を出たおせいは、三年ぶりに昔の亭主の伊作の様子を見に来た。おせいが自分からのめりこむように仲を深めた男はやくざだった。おせいが持ち出した金と身体をしゃぶりつくすと男は去って行った。

 ようやく伊作の家をたずねあてたおせいが家の前に立ったとき、家の中で若い女の声がした。若い女がほろ蚊屋の中の赤子に添い寝しながら乳を飲ませている。


 後悔しちゃいけないよ、これがあたりまえさ、とおせいは胸の中でつぶやく。唇を噛んで、町にただよう晩夏の赤い光を見た。ひとつの季節の終りが見えた。

「十三夜」

 お才が菊蔵と所帯を持ってこの町に住みついたのは五年前。木更津に仕事に行った大工の菊蔵が、昨日にはもどると言ったのに、まだ帰らない。親方の指図であちこちと遠方まで仕事に行くので家をあけがちになるからか、「ご亭主が女と一緒のところを見かけた」とか変なうわさがささやかれている。


「おーい、いま帰った。腹へった」


「お、お。めっぽうきれいだと思ったら、かみさんは寝化粧で待ってたな。そうじゃねえかと思って、おれも走って来たぜ」
「ばあか、待ってなんかいませんよ」


 活け終えたすすきの穂が、月の光を浴びて、まぶしく光るのに見とれた。

「明烏」

 吉原の大籬大黒屋の花魁播磨が闇の中に目ざめると、馴染み客の新兵衛、神田本石町で雪駄屋を営んでいる齢三十六の男が帰り支度をしている。急に帰ると言い出した新兵衛に声を荒げると、借金で首が回らなくなり明日家屋敷をとられると言う。


「四年も前のことです。この世ならぬうつくしい女子を見た、と思いましたな」
 新兵衛の顔に、夢みるような表情がひろがった。
「そのとき、あたしは心に誓ったものです。男と生まれたからには、一度はこのような女子と添い臥してみたいものだとね」

「枯野」

 おりせの夫清兵衛が亡くなって四年経つ。清兵衛は紙問屋山倉屋の旦那として商いの手腕を持つ男だった。色町で名を売ることこそしなかったが、人後に落ちない女好きの男、ひとに隠した妾とも情婦ともつかない女が二人も三人もいて、その合間に店の女中にまで手をつけた。

 一軒の料理屋の奥の部屋でおりせを迎えたのは戸田仙太郎。同業の紙問屋の主で、おりせより二つ年下。死んだ清兵衛と昵懇の付き合いをした男で、おりせはこの男に清兵衛の女道楽の最後の始末を頼んでいた。


 おりせは少しかすれた声で言った。
「今夜は、少しお酒をのみましょうか」

「年の市」

 油屋の後家おむらは、新しい年の物を買いととのえるために浅草寺境内の馴染みの店に向かった。気がかりなのは、一人息子の宗吉が三日前に家をあけたきりもどって来ないことだった。


 ―――みんな、あの女のせいだ。
 とおむらは、嫁が憎くてならない。

「三日の暮色」

 土間でとなえごとをつづけている物もらいは、むかし別れたおくにの亭主だった。おくには十八のときに、その男、助造と所帯を持ったが仕事の腰が落ち着かず、その暮らしは二年しかつづかなかった。

 店番の小僧から餅を受け取った助造が店を出て行った。


 茶の間にむかいながら、おくには喜兵衛がもどって来ても、小さなことで文句を言うのはやめようと思った。いまの自分のしあわせが、おくににはおどろくほどはっきりとみえている。


 広重「名所江戸百景」より
日暮れ竹河岸
飛鳥山
雪の比丘尼橋
大はし夕立ち少女
猿若町月あかり
桐畑に雨のふる日
品川洲崎の男

あとがき

解説 雪の音  杉本章子

2000年9月10日 第1刷

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[ 2018/05/06 20:00 ] 国内の作家の本 藤沢周平 | TB(-) | CM(0)
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Author:きどのひつじ
散歩すると猫に会う。
いつもの場所にいつもの猫がいるのだが、人間とは付かず離れずの関係を保ちつつ生きているように思われる。

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