藤沢周平 「暗殺の年輪」

見たり、読んだり、思ったり。

藤沢周平 「暗殺の年輪」

「暗殺の年輪」
著 者 藤沢周平 (ふじさわ しゅうへい)
発行所 文春文庫


 藤沢周平が「溟(くら)い海」によって文壇に登場してから「暗殺の年輪」によって直木賞を受賞する(昭和48年7月)までの二箇年の間に書かれた5篇を収める。

 解説の駒田信二によると、この期間内の作品には、ほかに「賽子(さいころ無宿)「帰郷」「恐喝」などがあるという。

「黒い縄」

 宮城谷昌光がその著書「他者が他者であること」で絶賛している藤沢作品が本書に収められている「黒い縄」。宮城谷は「黒い縄」の冒頭だけを引用して、藤沢作品のすごさを語っているのだが、全体を読まなければ、それがどのように生かされるのか想像の域を出ない。

 「他者が他者であること」から、その箇所を抜き出してみると、


 庭の奥で、木鋏の音がしている。
 金属の、硬い乾いた音が、時おりおしののぼんやりした物思いを切り裂き、そのたびにおしのは縫物の手をとめ、眼が醒めたような顔で庭をみた。

 木鋏をつかっているのは地兵衛といい、もと岡っ引で、いまは息子たちがやっている植木屋を手伝っている老人である。この男は庭の木を鋏をつかって切るわけで、さらに考えをすすめてゆけば、庭の景観を整えるためにのびすぎた枝や景観に適わぬ枝を切り落とすために存在する。その庭とは小さな世界といいかえてもよい。庶民が生活している区切られた空間、すなわち社会である。そう想えば、地兵衛はその社会に適わぬ者を除外する立場にあることがわかる。

 一方、おしのがもっているのは針と糸であり、それをつかえば、離れているものが結びあわされる。ところが、そういう行為が木鋏の音で止められるわけであるから、この小説の展開は冒頭の文で暗示され、要するに木鋏と縫物とが、小説全体を象徴している。
(宮城谷昌光「他者が他者であること」)


 どのように木鋏と縫物が小説全体を象徴しているのか、それを知るために読んだ本書だったが、読んではじめて合点がいったと同時に、藤沢作品の妙味にはじめて触れた気がした。そしてまた、宮城谷昌光の読みの鋭さにも感服した。

 社会に適わぬ者を除外する立場を象徴する木鋏だけでなく、己にとって邪魔な存在を消そうとする意志をも象徴する木鋏であったとは。そしてその鋏が、縫物に象徴されるおしのの縫いあわされたかにみえた希望をも断ち切ってしまう鋏であったとは。

 藤沢作品が宮城谷昌光という類まれなる読み手に遭遇することによって、その輝きを増し、読者である私は、第三者としてその恩恵に浴することができたことに喜びを禁じ得ない。

「暗殺の年輪」

 不思議なタイトルと思いながら読み進め、作品を完読したとき、「暗殺の年輪」というタイトルの妙味に感動してしまった。やはり、この作品のタイトルは「暗殺の年輪」でなければならない。

 成長するにしたがい、周囲の自分に注がれる人間の眼に愍笑(びんしょう)を感じるようになった馨之介(けいのすけ)は、それが、誰も語らない事件の中で死んだ父に対するいたわりのようなものだと思っていた。

 家老・水尾内蔵助による中老・嶺岡兵庫を斃(たお)すための企み。呼び出された馨之介は郡代の野地勘十郎によって「これが、女の臀(しり)ひとつで命拾いしたという伜か」と太い声を放たれた。

 いったんは断ったものの、ことの真相をつきとめた馨之介は単身嶺岡兵庫を暗殺。直後、馨之介を消すために現れた七、八人の覆面。その瞬間、水尾一派の企みの全貌が見えてきた。

 タイトルは確かに「暗殺の年輪」でなければならない。しかし、馨之介が父の二の舞を踏むことはない。闇を走り続ける馨之介の前途に希望の光が見えている。

「ただ一撃」
 仕官を望む者の試技はひと試合で終わるのが通例。ところが、仕官を望んだ浪人・清家猪十郎の最初の相手を勤めた近習役の半田弥助が胸を打たれて血を吐いたことから、藩主の忠勝は試合の続行を命じ、三番手までもが倒されてしまった。

 清家猪十郎の再試合の相手役として白羽の矢を立てられたのは、齢六十になろうかという刈谷範兵衛。

 一見耄碌しているように見える老武芸者とその息子の嫁との心の交流を描く。


「溟(くら)い海」
 晩年の北斎の姿を描く。


「囮(おとり)」
 版木師でありながら、病気の妹を養うために目明しの下っ引をしている甲吉が主人公。

解説 駒田信二

2009年12月10日 新装版第1刷

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[ 2018/05/04 16:00 ] 国内の作家の本 藤沢周平 | TB(-) | CM(0)
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散歩すると猫に会う。
いつもの場所にいつもの猫がいるのだが、人間とは付かず離れずの関係を保ちつつ生きているように思われる。

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