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桜木紫乃 「砂上」

見たり、読んだり、思ったり。

桜木紫乃 「砂上」

「砂上」
著 者 桜木紫乃 (さくらぎ しの)
発行所 角川書店


 「砂上」という言葉を聞いて連想するのは「砂上の楼閣」というフレーズ。スーパー大辞林3.0によると「砂上の楼閣」とは、①基礎がしっかりしていないために崩れやすい物事のたとえ。②実現または永続不可能な物事のたとえ。空中楼閣。

 本書で使われた「砂上」の意味するところは。砂の上を歩くのは、なかなか難儀。砂に足がめり込むゆえ、足取りをしっかりしなければ歩きづらい。だが、足元を踏みしめれば、その歩みは確実なものとなり安定する。

 作家になることを夢見つつ小説モドキを書いていた主人公が如何にして作家になったか、その過程が虚実ないまぜにしながら小説に仕立てあげられた。主人公の着実な歩み。作家になるとは、人に読ませる小説を仕立てあげるとはかくも残酷なものであった。

 他人の不幸は蜜の味。実生活でそんな不幸がコロコロ転がっていることなんてあり得ない。他人の不幸を味わいたいがために、人は小説を読むのかもしれない。とすれば他人の不幸の源とは。人の不幸を如何に効果的に提示するか、すべては作家の手練手管にかかっている。

 文芸誌の新人賞に応募し続けていた柊令央(ひいらぎれお)の前に現れた女性編集者・小川乙三(おがわおとみ)が発したキーワードは「主体性のなさって、文章に出ますよね」。

 「主体性のある文章」とは。

 読者が望むのは毒のある小説。作者が捏造する毒が読者にこのうえない快感をもたらす。読者を、作者が捏造した毒の虜にさせることができたとき、作者もまた物語を紡ぎだす快感を味わっているに違いない。他人の不幸は蜜の味というが、他人の不幸をどれだけ仕入れることができるか。仕入れた不幸を如何に調理するか。ひとつの不幸から百の不幸を捏造することができるようになったとき、作家として大成できるのかもしれない。

 不幸という名の毒。その毒は、すぐに毒と感知されてはならない。真綿で首を締めるという表現があるが、小説に仕込まれる毒もまた真綿でなければならない。

 圧倒的な読後感とともに読み終える作品世界の始まりは、一見、平凡なものであった。平凡のなかの非凡。


 雪は、舞い始めてから数住んで根雪を約束しそうな降りに変わった。
 柊令央(ひいらぎれお)は喫茶店の窓辺から、すっかり色が消えた空を見た。この先は、根雪が空に呼びかけるせいで毎日雪が降る。
 女がひとり店に入ってきた。・・・・・


 作品の舞台は、著者が住む北海道(江別市)。主人公は柊令央。柊、木偏に冬。柊という苗字から連想するのは寒冷地。令央、レオ。レオナ、たとえば漢字を当てはめて玲於奈なら女性。レオという音から、男性かと思ったが女性が主人公。そういえば、ジャングル大帝レオ。そしてまた令央という単語から連想するのは道央、北海道の中央、札幌を中心とした辺り、著者の住む江別市もまた道央。

 徹底して寒冷地に拘った名前。

 今どき喫茶店とういうレトロな待ち合わせ場所。スターバックスでもなくマクドでもない。季節はこれから根雪を迎える本格的な冬直前。待ち合わせ場所に現れたのは「女がひとり」。

 何気なく読めば読み飛ばしそうな表現ながら、深読みすれば意味深長な表現。ゾクゾク、ワクワク。桜木紫乃作「砂上」。小説内小説、柊令央作「砂上」。小説は毒がなければ面白くない。

 小説家はマゾヒスト、編集者はサディスト。サディストとマゾヒストの息の根がピッタリ合ったとき最高の快楽、傑作が生み出される。

 全篇を貫くテーマは主体性。

 小川乙三のアドバイスを受けいれることによって小説のみならず生き方に主体性を獲得していく主人公。片や主体性の欠片すらない男たちと男の嫉妬。その対極の妙味。極めつけは、令央が毎年応募していた会社の文芸編集部の男性編集者。嫉妬の権化。

2017年9月29日 初版発行

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[ 2018/04/08 13:00 ] 国内の作家の本 桜木紫乃 | TB(-) | CM(-)
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きどのひつじ

Author:きどのひつじ
散歩すると猫に会う。
いつもの場所にいつもの猫がいるのだが、人間とは付かず離れずの関係を保ちつつ生きているように思われる。

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