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髙村薫 「土の記」 上・下

見たり、読んだり、思ったり。

髙村薫 「土の記」 上・下

「土の記」上・下
著 者 髙村薫
発行所 新潮社


 物語のはじまりは上谷の家の婿養子となって四十年、明け方に感じた伊佐夫の詳細な身体感覚。集落一の山持ちだった上谷の家。所在地は、「集落のある西山岳の北東側の中腹でもせいぜい標高は四、五百メートル」「南北に並ぶ音羽三山の尾根も千メートルには届かない」ところにある漆河原の集落。「半坂や馬取柿や、近隣の集落へ続く草むした峠道や林道」と実在の地名が詳細に書き継がれていくものの、地図上に漆河原の集落は存在しない。実在する集落の名前は嬉河原。

 大宇陀を越えて東へ車を走らせると三重県境の山々。それらの山々に通っていた頃を思い起こしながら、通りすがりに見た大宇陀の自然景観を呼び覚ます。暖かくなったら久々に訪れてみようかなどと思いながら読み進めた。そうは言っても山に登らなくなった今、今年の大宇陀の又兵衛桜へは出かけたのだが、以前とは比べものにならないくらい道路が整備されていた。平日にもかかわらず県外ナンバーの車など大層な人出だった。

 文体的な特徴といえば、著者の新聞小説「われらが少女A」が毎日新聞朝刊に連載されているのだが、新聞紙上で読む通りの文体。文章を構成する文の一文が長い。最近はとんとご無沙汰気味だが、丸山健二の文体に似た感じだ。その時々の話者は異なるものの、話し言葉に近い文体で書きつらねながら読者の連想を誘う。しかし話者がしゃしゃり出てくることはない。あくまでも語り手は筆者。その時々の話者は三人称で表現される。

 ダム工事のダンプカーに撥ねられて九死に一生を得たものの植物状態となった昭代が十六年間のリハビリの後亡くなったのは年明けの一月八日。物語は昭代が死んで半年後の六月中旬の未明の伊佐夫の述懐から始まる。四十年の間に完全に土地の人間となり、昭代の身体の一部だった農事と土と自然のすべてを自分の身体に滲みこませて生きる男の物語。

2016年11月25日 発行



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[ 2017/12/31 10:00 ] 国内の作家の本 髙村薫 | TB(-) | CM(-)
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Author:きどのひつじ
散歩すると猫に会う。
いつもの場所にいつもの猫がいるのだが、人間とは付かず離れずの関係を保ちつつ生きているように思われる。

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