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嵐山光三郎 「芭蕉という修羅」

見たり、読んだり、思ったり。

嵐山光三郎 「芭蕉という修羅」

「芭蕉という修羅」
著 者 嵐山光三郎(あらしやま こうざぶろう)
発行所 新潮社


 そのことによって文学的存在としての芭蕉の価値が減殺されることはないけれども、政治的存在としての芭蕉は隠密であった。

 芭蕉の深川隠棲のなぞも、政治的存在としての芭蕉に注目することによって落着する。

 四代将軍家綱のもとで権勢をほしいままにしていた酒井忠清が、家綱の死去により失脚。五代将軍綱吉による酒井忠清がらみの粛清の嵐が吹き荒れた。芭蕉が江戸に出る際にうしろだてを得たのは藤堂新七郎家。江戸の藤堂家グループの江戸詰めの首領は津藩主藤堂高久。高久は酒井忠清の女婿。忠清の力が芭蕉を陰でささえていた。

 綱吉による粛清の嵐が吹き荒れたとき、幕府と関わっていた日本橋の旦那衆、卜尺、杉風、卜宅は難局を切りぬけるための方策を協議した。相談の場には其角と芭蕉本人も。

 芭蕉はめだっている。日本橋で俳句宗匠をしていれば幕府に目をつけられる。粛清の嵐がおさまるまで身を隠す。芭蕉が姿を消せば、日本橋の旦那衆が詮索されることもない。逃げる先は杉風の知り合いの伊奈代官家の深川長屋。

 芭蕉といえば『おくのほそ道』と軽み。

 本書の構成は全十六章。読みどころは、『おくのほそ道』の政治的側面。『おくのほそ道』とは何だったのか。第十三章からが本書のクライマックス。

十三 危険な旅へ
十四 『おくのほそ道』とはなにか
十五 見えないものを見る
十六 そして欲望の都市を目ざす

 西行の足跡を追い、歌枕を検証して新しい俳枕を見つけるための代償として、芭蕉の加担したのが幕府の隠密としての「おくのほそ道」。幕府は日光東照宮修復工事を伊達家に申し渡した。日光東照宮工事に関する仙台藩の動向を調査する目的で計画されたのが、「おくのほそ道」の政治的側面だった。

 「おくのほそ道」の政治的側面を知ることによって、芭蕉の発句についての理解をより一層深めることができる。確かに芭蕉の生涯は修羅そのものであった。

2017年4月25日 発行

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[ 2017/08/21 20:00 ] 国内の作家の本 嵐山光三郎 | TB(-) | CM(-)
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きどのひつじ

Author:きどのひつじ
散歩すると猫に会う。
いつもの場所にいつもの猫がいるのだが、人間とは付かず離れずの関係を保ちつつ生きているように思われる。

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