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たとふれば猫かもしれず

見たり、読んだり、思ったり。

「セレクション俳人13 対馬康子集」 対馬康子

「セレクション俳人13 対馬康子集」
著 者 対馬康子
発行所 邑書林


 第1句集『愛国』、第2句集『純情』、『愛国』『純情』拾遺の「吾亦紅」と散文をおさめる。
 川本皓嗣による「対馬康子論」と宗左近による対馬康子論「俳人でない俳人」をおさめる。

 あとがきによると、本書には「今の自分の俳句認識の基礎となる二十代、三十代の作品群」がおさめられている。「それは、俳句を創造することと、いのちを創造し、育てるということが渾然一体となっていた歳月であった」という。

風に問う風の生誕黄落期   対馬康子
初夏つかむ初めて開く手のひらで
花に酔う退職までの数時間
掌中に寒のミルクを温めぬ

新緑やチョークで道に道を描き
外套をかかえ直して見舞い辞す
この国の出口は一つ麦酒飲む
つなぐ手のほどけて駆けて夏帽子
戦さあり寒夜無人のエレベーター

兵役を終えて紅葉に帰り着く

2003年12月10日 発行

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[ 2019/02/20 23:00 ] 句集・俳論・俳文など 対馬康子 | TB(-) | CM(0)

「北の河」 高井有一

「北の河」
著 者 高井有一
発行所 文藝春秋


 著者の高井有一は、1932年4月27日に生まれ、2016年10月26日に没した。本書が出版されたのは、著者が34歳のとき。「北の河」で芥川賞を受賞したのは1965年。

 本書におさめられるのは、芥川賞を受賞した「北の河」を表題作として全4篇。

 目 次
北の河
夏の日の影
霧の湧く谷
浅い眠りの夜

 何を読んでいて、「北の河」」高井有一とメモしたのか思い出すことはできないが、同じメモの傍らに書きつけていたのは「文人たちの句境」関森勝夫。高井有一が成蹊高等学校で中村草田男の授業を受けていたとなると、俳句がらみの本だったのかもしれない。

 1965年のわたしは小学校5年生。今までまったく知らなかった高井有一だったが、本書にて初めて彼の存在を知ることができた。描かれているのは今から半世紀以上前の世界だが、人間の感情描写は古びない。すらすらと読めてしまった。もしかして現代の作家の作品以上にすらすら読めているのかもしれない。

 4作の舞台は戦中戦後にかけての著者をとりまく状況。父の死をめぐる経緯のあれこれ、戦災に遭い母と共に疎開した父方の郷里でのできごと、結婚ののち死んだ祖父の納骨のため妻を伴って訪れた郷里での屈折した感情の襞、大学の夜間部に通学する学生たちの将来への希望とやるせなさ、などが醒めた文体で表現されていく。

 祖父は角館町出身の小説家、田口掬汀。角館といえば田沢湖のそば。

 20年ほど前の夏、早朝の田沢湖周辺を車で廻ったとき、眼前の景色があまりにも青味がかっているのに驚いたことを今でも覚えている。わたしにとって、田沢湖といえばコバルトブルーの湖と印象づけられた出来事だった。

1966年3月20日 第1刷発行

[ 2019/02/18 15:00 ] 国内の作家の本 高井有一 | TB(-) | CM(0)

「セレクション俳人7 岸本尚毅集」 岸本尚毅

「セレクション俳人7 岸本尚毅集」
著 者 岸本尚毅
発行所 邑書林


 著者の第一句集『鶏頭』、第二句集『舜』と散文。
 波多野爽波と岩田由美による岸本尚毅論を載せる。

茸狩火傷の痕が首にあり     岸本尚毅
冬空へ出てはつきりと蚊のかたち
墓に来て日傘の太く巻かれけり
四五人のみしみし歩く障子かな
てぬぐひの如く大きく花菖蒲


手をつけて海のつめたき桜かな
三人の音も立てずに昼寝かな
雛の間よ背広吊すも飯食ふも
墓参の子ひつきりなしにものを蹴る
この家に生れては死ぬ竈馬かな

昼は蟬夜はこほろぎの伽藍かな
舞ひ下りし鳥の消えたる野菊かな
音もなく歩くお方や城の秋
ラグビーのしづかにボール置かれけり

真言の門前にして田螺売る
エアコンの型が古くて貴船かな
てのひらに須磨の寒さと覚えけり
風邪の子の暗きところでよく遊ぶ
冬の蚊の往来してゐる二間かな

夜よりも昼の淋しき屏風かな
蠅叩一閃したる新居かな
一斉に飯食ふ僧や青嵐
一生を小田原城の蜘蛛として
二三日秋の喪服を吊しけり

 著者岸本尚毅の奥方であり、俳人の岩田由美による岸本尚毅論『俳句を通して見た世界』は、岸本尚毅の句を観賞するための手掛りとすることができる。そしてまた自身の作句のための拠りどころとすることもできる。

 共感した箇所を本文中より抜き出しておくと、

 俳句に詠まれることによって意識される真実がある。読み手が最も共感し易いのは、いつか目にしていたはずのものだろう。それが岸本の句では、空を背にした蚊の形であったり、巻かれた日傘の太さであったりする。誰もが見たことのあることだから、格別難しい言葉を使わなくても、易しい普段の言葉ではっきりと視覚に訴えることができる。(135ページ)

 副詞や助詞(たとえば「も」や「さえ」)に感情を託す作り方は、岸本の場合非常に少ない。表現したい情趣が句の表に現れることや、句の読み方が限定されることを避けているのかもしれない。「また」や「より」を使った私の句に対して岸本に意見を求めると、「また」や「より」はもういい加減で止めにしたら、という反応が返ってくる。(137ページ)

 岸本の写生は、たとえば昆虫の足の動きを分析して描くようなものではない。以前は「言葉で景色を追いかけても絶対に追いつかない。言葉を罠のように立てて待っていると景色の方から飛び込んでくる」とよく言っていた。近年はますます一句の情報量が減り、具体的な季題と、あとは句の響きを整える言葉だけで句を作ってしまうこともある。もともと言葉に重心のかかった体質なのだ。(144ページ)

2003年6月10日 発行

「選んだ孤独はよい孤独」 山内マリコ

「選んだ孤独はよい孤独」
著 者 山内マリコ
発行所 河出書房新社


 「文藝」に発表された作品6篇と書き下ろし作品をあわせて、全19篇の短編とショートショートをおさめる。

 平凡な毎日に大きな変化をもたらすような画期的な出来事が起きたなら、さぞかし面白おかしく生きることができるのだろうが、その変化が吉と出るか凶と出るか、その違いはあまりにも大きすぎるだろう。そして誰もが吉と出ることを願っている。

 人生、そんなに都合よく行きますかいな。となれば、平凡に生きることができることこそ、何よりの幸せ。だけど、と、人はないものねだりをしがちな存在である。

 本書におさめられたどの作品も、シニカルな人間観察によって、平凡に生きることの意味、そしてまた平凡に生きるとはどのように生きることなのか、ということに読者の目を向けさせる。

 しょうもない男と出会ったばかりに人生に破綻をきたす女、虚栄心ばかりが強く自己中心的な女と出会ったばかりに青春の一時期を棒に振ってしまう男。しょうもない男としょうもない女が醸し出す相乗効果によって生み出される人生のやりきれなさ。

 成功はすぐそこに横たわっているのに気づくことができない。否、ちょっとしたきっかけさえあれば気づくことができたのに。そのきっかけをつかむことができた人のわずかばかりの成功譚。

 本書は、これから社会人となる人々にとって、社会人になったばかりの人にとって、著者山内マリコからの箴言の書である。これから先の生活に不安感をもたなくてもよい時期に読んでおくべき書である。

 思えば人生は後悔の連続であった。

 最後の一篇「眠るまえの、ひそかな習慣」に、次の文章が載せられている。


「ああ、もっと自分自身に忠実に、自分らしく生きればよかった。
あんなに一生懸命働かなくてもよかった、
もっと家族と過ごせばよかった。
世間の目を気にせず、自分を出す勇気を持てばよかった。
自分の気持ちを押しこめすぎた。
そう、私は、あんなに人生に怯えなくてもよかったのだ。
自分の手で、幸福を選んでもよかったのだ。
いつだって、幸福は、選べたのだ」
             (172ページ)

2018年5月30日 初版発行

[ 2019/02/14 13:00 ] 国内の作家の本 山内マリコ | TB(-) | CM(0)

「火定 かじょう」 澤田瞳子

「火定」
著 者 澤田瞳子
発行所 PHP研究所


 聖武天皇の世、737年(天平9年)、都では、春に筑紫から伝染した天然痘が、夏から秋にかけて大流行。効果ある治療法は見つからず、瞬く間に亡くなる者が相次いだ。政界の実力者であった藤原四氏もまた、天然痘により没する。

 京内の病人の収容・治療を行う施設、施薬院が、孤児や飢人を救済する悲田院と共に設立されたのは730年(天平2年)。

 蜂田名代(はちだのなしろ)が配属された施薬院は、聖武天皇のきさき藤原光明子によって設立されたとはいえ、令外官。名代は、来る日も来る日も顎でこき使われていた。遣新羅使が持ち帰った生薬を買い付けるために官衙に出向いた名代は、猪名部諸男に出会う。

 西市の近くで薬屋を営む久米比羅夫、元典薬寮の下官によると、猪名部諸男は内薬司の侍医、帝に奉る御薬の調剤を誤り、徒刑を言い渡されて京内の獄舎に押しこめられていたが、一年ほど前に帝の恩赦が布告され、獄の罪人どもが放免されたことがあったという。

 天然痘が猛威を振るう京、施薬院で働く人々に焦点を当てながら、医のあり方を問う形で物語は展開する。

 澤田瞳子の作品は、その時代に生きた庶民と心を通わせあい、その時代に同化することができる。そしてまた、創作によるフィクション世界ではあるものの、おそらく、そうであったに違いない、と読者に思わせる力を持っている。

2017年11月24日 第1版第1刷発行

[ 2019/02/13 01:00 ] 国内の作家の本 澤田瞳子 | TB(-) | CM(0)

「許されざる者」 レイフ・GW・ペーション

「許されざる者」
著 者 レイフ・GW・ペーション
訳 者 久山葉子(くやま ようこ)
発行所 創元推理文庫


 ガラスの鍵賞受賞。
 CWAインターナショナル・ダガー賞受賞。

 長兄と共同で行った森林の不動産取引の手続きを銀行ですませるために、車で首都へ向かった国家犯罪捜査局の元長官ラーシュ・マッティン・ヨハンソンは、それ以外の打ち合わせや用事を片づけた頃には、時刻はすでに夜の八時に近かった。

 空腹に耐えきれなくなったヨハンソンは、スウェーデンいちのホットドッグを出す屋台〈ギュンテシュ〉でお気に入りのホットドッグを買い、運転席に乗り込んだ直後、脳梗塞の発作を起こし、危ういところで命を拾う。

 右半身に麻痺が残り、かつては部下たちに「角の向う側が見通せる」と畏怖された頭脳にも以前ほどの切れが戻らない。

 病床のヨハンソンに、主治医のウルリカ・スティエンホルムが驚くべきことを打ち明けた。牧師だった彼女の父は、ある殺人事件の犯人を知っているという女性から懺悔を受けたものの、聖職者の守秘義務ゆえに誰にも口外できず、悔いを残したまま亡くたったという。

 それは1985年6月にヤスミン・エルメガンという九歳の少女が殺害された事件で、警察の初動捜査が遅れたことなどが災いして、迷宮入りしていた。

 スウェーデンでは2010年に法改正が行われ、殺人を含む重大犯罪については時効が廃止されたが、それは同年7月1日以降に時効となるもののみが対象だった。ヤスミンの事件は一足早く時効が成立してしまっていた。

 ヨハンソンが犯人を突き止めたとしても法で裁くことはできない。それにもかかわらず、ヨハンソンはヤスミン事件を解決することを決意する。

 警察の第一線を退いた元警官が主人公。チーム・ヨハンソンの顔ぶれは、警官時代の元相棒で同じく年金生活者のボー・ヤーネブリング、義弟で元会計士のアルフ・フルト、介護士のマティルダ、兄エーヴェルトから派遣されたロシア人の若者マキシム・マカロフ。

 物語の展開は早い。メリハリの利いた展開、翻訳もまた原文の展開に適っているにちがいない。248ページのヨハンソンとマティルダの会話にミレニアム・シリーズのリスベット・サランデルが登場する。


「お前さん、インターネットは得意か?」
「まあリスベット・サランデルほどじゃないけど、普通に使えるよ」
 リスベット・サランデルとは誰だ?


 本書がスウェーデンで出版されたのは2010年。スティーグ・ラーソンによるミレニアム三部作のスウェーデンでの出版は2005年から2007年。

解説 杉江松恋

2018年2月16日 初版


「クリスマス・プレゼント」 ジェフリー・ディーヴァー

「クリスマス・プレゼント」
著 者 ジェフリー・ディーヴァー
訳 者 池田真紀子・土屋 晃・森嶋マリ
発行所 文春文庫


 16作品をおさめる短篇集。

 ストーリーテラー、話者によって物語が紡ぎはじめられると、大概の読者は話者の語りを中心に物語を構成しはじめてしまい、作者が意図した思考の継続のなかに自分を存在させてしまうがゆえに、その後の二転三転をどんでん返しとして捉えさせられてしまう。

 それがジェフリー・ディーヴァーの魅力なのだけれども、もし、話者があたかも自分の体験だけを読者に聞かせるふりをしながら、第三者について言及しているということを見抜くことができたなら、二転三転後の帰結が筆者にとって当然の結末となってくる。

 表題の「クリスマス・プレゼント」はリンカーン・ライム・シリーズの短篇版なのだが、長篇で醸し出される情緒を取り除いた粗削りな作品という印象を受ける。粗削りであるがゆえに、いつもの登場人物たちの魅力が半減してしまった。長篇リンカーン・ライム・シリーズの幻影をひきずるがゆえに、本作自体の面白さもまた減殺されてしまったようだ。

 リンカーン・ライム・シリーズとはまったく違うキャストで物語を構成すべきだったのかもしれない。そうすれば原題の「Twisted」(捻り)が生かされたかもしれない。

 短篇でも楽しむことができるジェフリー・ディーヴァーの魅力を打ち出そうとするなら、表題は原題の「Twisted」を生かしたタイトルにしたほうが良かったようだ。本書におさめられた作品は、まさにどれもが、Twistedされている。ここまで二転三転、どんでん返しで結末を締めくくることができる作家は稀有である。

 奇しくも本作の原題がジェフリー・ディーヴァーの魅力を表現してしまった。ジェフリー・ディーヴァーの作品の魅力と特色はTwisted捻りである。

 本作品集から、お薦めの一作をあげるとするなら「ノクターン」Nocturne。犯罪小説である以上、切迫感はあるものの、誰一人殺されることがない犯罪小説。著者が少年時代に親しんだというO・ヘンリーの作品集に載せられていたとしても違和感を覚えることはないかもしれない。

 へーッ、O・ヘンリーはこんな作品も書いてたんだ、なんて。

 季節設定を春ではなく、クリスマス前に設定したならば、まさに、ジェフリー・ディーヴァー版の賢者の贈り物。

解説 三橋 曉

2005年12月10日 第1刷

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プロフィール

きどのひつじ

Author:きどのひつじ
散歩すると猫に会う。
いつもの場所にいつもの猫がいるのだが、人間とは付かず離れずの関係を保ちつつ生きているように思われる。

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