たとふれば猫かもしれず

見たり、読んだり、思ったり。

高橋順子 「時の雨」

「時の雨」
著 者 高橋順子(たかはし じゅんこ)
発行所 青土社


 晩い結婚の二年四ヵ月後、連れ合いとなった車谷長吉が強迫神経症を発病。緊張の日々の連続。そのときの様子を著者はあとがきに記します。

 連れ合いの書く小説には髪の毛一すじの狂気が宿っていることに、私は無意識であったわけではありません。それは、文学だと思っていたのです。生活とは別次元のものだ、と。
 ところが或る日、文学が生活に侵入してきてしまった。日常が非日常の霧におおわれてしまった、ともいえます。そのとき、人はどうするか――。
 生活を強引に文学にしてしまうこと。自分を全力で虚の存在と化し、文学たらしめること。
したがって私はこれらの作品を、なりふりかまわず、書かずにはいられなかった。

 今までに高橋順子の詩作品を読んだことのない私にとって、穏やかな平常時に作者がどのような作品を発表していたのか知らないが、この作品集だけを読む限りにおいては、非常時にこそ、その才能が遺憾なく発揮される人物のような気がする。

 平穏なときはもっぱら五感を働かせて様ざまなものに接して自らの詩心を耕す。いわば冬耕の時期。そしていざ乱世が訪れたとき、その才能が自ずから迸り出るように発揮される。

 本書の内容について見てみると、章立てはⅠからⅢ。Ⅰは結婚間もない頃の平穏な時期を表現した作品群。Ⅱは緊張の日々への移行時を表現した作品群。Ⅲでは緊張の日々を表現。

 Ⅰに収められている作品のひとつが「才能」。


才能

「おめでとう その年でお互いに
初婚とはユニーク すがすがしいわ
才能よ」
と白石かずこさんが真面目な顔で祝福してくれた
「若いうちは
膝がぶつかったくらいで結婚しちゃうのよ」
そう言ったのは新川和江さんである
でもやっぱり
油の切れた膝がぶつかったのだと思います
膝をぶつける才能ではなく
膝がぶつかる才能に
やっと恵まれたと思いましょう

1996年11月30日 第1刷発行

スポンサーサイト
[ 2017/10/21 08:00 ] 国内の作家の本 高橋順子 | TB(-) | CM(-)

宮本 輝 「螢川・泥の河」

「螢川・泥の河」
著 者 宮本 輝(みやもと てる)
発行所 新潮文庫


 北陸の小都市で生まれ育ち、関西の大学への進学をきっかけに、定住の地を大阪に定めることとなった私にとって、「螢川」の舞台・富山、「泥の河」の舞台・大阪、両方とも馴染み深く、そしてまた懐かしい場所である。

 「螢川」の時代背景は昭和37年の富山。

 当時の私は小学校2年生に進級した頃。今でこそ融雪道路が縦横に走り、冬の積雪を迎えても、雪道に対する不安を感じることなく一定の速度で車を運転できるようになったものの、当時の富山のようすは、

 一年を終えると、あたかも冬こそがすべてであったように思われる。土が残雪であり、水が残雪であり、草が残雪であり、さらには光までが残雪の余韻だった。春があっても、夏があっても、そこには絶えず冬の胞子がひそんでいて、この裏日本特有の香気を年中重く澱ませていた。(100ページ)

 なかでも冬の富山は、降雪の日が続けば幾日も曇天の日々。日の目を見ることのない暗鬱な裏日本の気候そのものであった。だからこそ大量の螢を育むことができたのかもしれない。

 「泥の河」の時代背景は昭和30年の大阪。

 昭和30年といえば私が生まれた年。そんな私が関西の大学に進学したのは昭和48年。関西で迎えた初めての冬。雪が降って初めて冬の訪れを感じていた私にとって、いつまで経っても雪の降らない大阪は冬の来ない土地であった。

 冬の降雪をほとんど見ない大阪。冬といえば、曇天の空から大量の雪が降りしきる富山しか知らない私にとって、晴天の日が続く大阪は気候風土の違いという事実を超えて、気持ちのうえでも私の魂に明るさをもたらしていったような気がする。

1994年12月1日 発行

[ 2017/10/21 04:00 ] 国内の作家の本 宮本輝 | TB(-) | CM(-)

別所真紀子 「数ならぬ身とな思ひそ 寿貞と芭蕉」

「数ならぬ身とな思ひそ 寿貞と芭蕉」
著 者 別所真紀子(べっしょ まきこ)
発行所 新人物往来社


 著者によって創作された若き日の寿貞と芭蕉、おすてと甚七郎が初々しい。物語の始まりはおすて十六歳。一志郡でのしばしの夫婦生活、その後の別れ。中年になってからの再会、晩年を迎えての永遠の別れへと、物語は一気に結実する。

 寿貞と芭蕉というよりも、おすてと甚七郎に注ぐ著者の温かい眼差しが印象的な作品。

 尼寿貞が身まかりけるときゝて
数ならぬ身とな思ひそ玉まつり  はせを

2007年8月30日 第1刷発行

[ 2017/10/14 16:00 ] 国内の作家の本 別所真紀子 | TB(-) | CM(-)

髙城芳治 「野鳥の風景 髙城芳治写真集」

「野鳥の風景 髙城芳治写真集」
著 者 髙城芳治(たかじょう よしはる)
発行所 東方出版

 野鳥風景写真をライフワークにして25年余りの著者。著者の狙いは、野鳥の生態を知るために行う図鑑的な撮影と野鳥写真の芸術性を高めることができるような撮影。日本古来の絵画の世界「花鳥風月」に見られるように野鳥の世界に自然の四季彩を加えた作風の写真。

 本書では、野鳥写真の芸術性を高めることができるような作品に主体がおかれました。春夏秋冬、四季のはっきりした日本の気候風土。そのなかに野鳥を配することによって、撮影された日本の四季がより一層生き生きとしたものになっています。

2015年10月21日 初版第1刷発行

[ 2017/10/08 01:00 ] 野鳥の本 髙城芳治 | TB(-) | CM(-)

澤宮 優 「集団就職 高度経済成長を支えた金の卵たち」

「集団就職 高度経済成長を支えた金の卵たち」
著 者 澤宮 優(さわみや ゆう)
発行所 弦書房


 今なぜ集団就職をテーマに出版されたのか、と不思議に思いながらも一気に読み終えてしまった。昭和三十年代から四十年代にかけての高度経済成長期、中学校卒業後、集団就職した人たちは、どんな思いで郷里を離れたのか。彼ら彼女らからの聞き書きをまとめることによって集団就職の実相が記されました。当時の労働の実態から昭和史を学ぶ手がかりの一つとすることができます。

 集団就職といえば、昭和39年に発表された歌謡「あゝ上野駅」が有名ですが、ここで歌われたのは東北地方出身の人たちの集団就職と思われます。本書の発行元である弦書房の所在地は福岡。本書では九州・沖縄地方から集団就職した人々の生き様が扱われました。

 高等学校といえば、全日制、定時制、通信制という分類だけしか知りませんでしたが、かつて隔週定時制高校が存在していたことを初めて知りました。

 大阪府の南西部、泉州には多くの繊維工場がありましたが、そこで働く女子従業員の勤務体系に合わせて開設された定時制高校が隔週定時制高校でした。大阪府では、昭和41年に府立の高校として貝塚高校、鳳高校横山分校、和泉高校、泉南高校に女子の生徒だけを対象として、隔週定時制課程家政科が開設されました。ここでは、働くことと学ぶことを両立させることの難しさを通して、学ぶ場によって得ることができた生命の充実感について知ることができます。

 目次
はじめに
序章 見送る人たち
第一章 京・阪神で働く・・・鉄鋼と紡績の街
第二章 中京で働く・・・繊維と陶器と鉄鋼の町
第三章 関東で働く・・・京浜工業地帯
第四章 僕らは南の島からやって来た
第五章 年季奉公・・・封建的労働の名残り
第六章 隔週定時制高等学校・・・織姫たちの青春
第七章 いま、働くことの意味を問う
[付]集団就職とその時代
あとがき 「働くこと」の根幹を考える
主な参考文献

2017年5月15日 発行

[ 2017/10/01 00:00 ] 国内の作家の本 澤宮優 | TB(-) | CM(-)

髙村 薫 「作家的覚書」

「作家的覚書」
著 者 髙村 薫(たかむら かおる)
発行所 岩波新書


 2007年に政権を投げ出した人物が2012年に政権に返り咲くや否や、議会制民主主義を否定しながら成立させた様ざまな法律や施策。そんな人物が自ら関与したと思われる森友学園、加計学園問題についての疑惑を解消するための説明を懇切丁寧に行うといいながら、それは口先だけ。国政に関する様ざまな案件を放り出したまま、28日、臨時国会冒頭で衆議院を解散するという。衆議院議員総選挙は来月22日とか。

 国民は再び、国政を私物化しているとしか思えない、このような人物に政権を付託してしまうのだろうか。

 「作家的覚書」というタイトルから、創作活動の秘密が書かれているのかと思ったのだが、本書の内容は、2014年から2016年にかけて『図書』などに発表された社会時評。期せずして、疑惑隠しのために衆議院を解散しようとしている人物が政権を担当した時期に発表された社会時評でした。そんな社会時評を、現政権が疑惑隠しのために行う大義なき解散の日に間に合うかのように読み終えることができた。

 現政権の独裁を彷彿とさせる政権運営は言語道断と、その時々に思ってはいたのだけれども、本書の中で言葉を尽くして分かりやすく書かれていると、改めて、政権担当者の暴虐振りを客観的にとらえ直すことができる。

2017年4月20日 第1刷発行

[ 2017/09/26 00:00 ] 国内の作家の本 髙村薫 | TB(-) | CM(-)

別所真紀子 「残る蛍 浜藻歌仙帖」

「残る蛍 浜藻歌仙帖」
著 者 別所真紀子(べっしょ まきこ)
発行所 新人物往来社


 前作「つらつら椿―浜藻歌仙帖」のほぼ一年後の連衆のようす。主人公は、実在の人物、江戸時代後期の女流俳人五十嵐浜藻。しかし浜藻の事績についての記録がほとんどないので、本書は連句に造詣の深い筆者によるフィクションです。筆者の思い入れの深い浜藻像が描かれました。

 月に一度の月次会。一座連衆が集えば、人生の哀歓、老若男女、生業も様ざまなれども、一心同体となって「かりそめの世」の歌仙を巻く。

 発端は「行く春の巻」、浜藻の旅ごころの句に長翠の出した付句「死んだ倅にばったりと逢ふ」、

行く春のわれも水沫か隅田川    冬夢
 釣糸垂れる翁長閑        助亭
百千鳥わらべ遊びを囃しゐて    みき
 はや入相の鐘鳴り出る      志鏡
望の月濡れ濡れ光る黒瓦      久蔵
 籠に盛りたる柿のうつくし    りえ
旅ごころ小さき草鞋を今年藁    浜藻
 死んだ倅にばったりと逢ふ    長翠
・・・・・・・・・・

 物語は一気に俳諧ミステリーの様相を呈していきます。
 一座連衆の集う連句の場が盛り上げる俳諧小説の面白さ。

 しかし、「残る蛍の巻」で拾われた赤子はどうなるのでしょうか。一読者としては気になるところです。

2004年4月30日 第1刷発行

[ 2017/09/24 16:00 ] 国内の作家の本 別所真紀子 | TB(-) | CM(-)
スポンサードリンク
スポンサードリンク
スポンサードリンク
Amazon
プロフィール

きどのひつじ

Author:きどのひつじ
散歩すると猫に会う。
いつもの場所にいつもの猫がいるのだが、人間とは付かず離れずの関係を保ちつつ生きているように思われる。

最新コメント
最新トラックバック
FC2カウンター
QRコード
QR
Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ