たとふれば猫かもしれず

見たり、読んだり、思ったり。

「三島屋変調百物語四之続」 宮部みゆき

「三島屋変調百物語四之続」
著 者 宮部みゆき
発行所 日本経済新聞社


 江戸は神田、筋違御門先の一角にある袋物屋、三島屋。主人の伊兵衛とおかみのお民が夫婦二人で心を合わせ、律義に働いて興した店に伊兵衛の姪おちかが住むようになったのは二年前の秋口から。三島屋の客間〈黒白の間〉に、一度に一人の語り手を招き入れては、その人の口から不思議な話や恐ろしい話を聞き出すという役目をこなしている。

 聞いて聞き捨て、語って語り捨て。

 2010年10月に第一作目の「おそろし 三島屋変調百物語事始」を読んだときには、何ともいえない恐怖心に囚われたものだが、第二作、第三作となるにしたがって物語の風合いが変化し、本作の場合は、どちらかといって人の本性、人情に訴えるような内容の仕上がりになっている。

 初出は日本経済新聞朝刊(2015年6月1日~2016年6月30日)。

第一話 迷いの旅籠
 おつぎは十三の女の子だった。おつぎの村では毎年、立春の前の日に、〈行灯祭り〉をするのだが、立春の明くる日、兄の嫁になるはずだった娘が亡者になって戻ってきたという。

第二話 食客ひだる神
 〈だるま屋〉は元濱町にある間口二間の行灯建ての店。一軒こっきりで、増築もせず分店も出さない。暖簾分けはしているようだが、〈だるま屋〉の屋号は名乗らせない。花見の時期が終わると、秋の紅葉狩りのころまで、お店を閉めてしまう。〈だるま屋〉の主人房五郎が語るひだる神との縁。

第三話 三鬼
 改易に処せられた栗山藩の江戸家老村井清左衛門。清左衛門二十四歳のとき、家臣どうし私闘により、番所の獄舎で沙汰を待つ身となった。沙汰は意外なもので、山奉行配下の山番士として領内北部の洞ヶ森村で三年を勤め、無事に山を下りることができたなら、村井家は再興、清左衛門も再び小納戸端役として取り立てるという。

第四話 おくらさま
 お梅はかなりの年配者、痩せさらばえた老婆だった。驚いたことに、若い娘の支度、島田髷を結い振袖を着ていた。着物は大胆な縞柄で、魔除けの意味もあるらしい〈麻の葉〉柄と黒繻子の昼夜帯を合わせ、花簪も華やかに美しい。

 毎日新聞朝刊の新聞小説、髙村薫の「我らが少女A」は今月末で終了。来月からは宮部みゆきの「三島屋変調百物語」とか。待ち遠しいですね。そこで読んだ「三島屋変調百物語四之続」でした。

2016年12月9日 第1刷

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[ 2018/07/23 16:00 ] 国内の作家の本 宮部みゆき | TB(-) | CM(0)

「北京から来た男」 上・下 ヘニング・マンケル

「北京から来た男」 上・下
著 者 ヘニング・マンケル
訳 者 柳沢由実子
発行所 東京創元社


 本作品がスウェーデンで刊行されたのは2008年。

 2006年1月、スウェーデンの北部、ヘリェダーレンの小さな村で19人の惨殺死体が見つかった。ほぼ全員が老人で、鋭利な刃物でめった切りにされていた。

 第一発見者は写真家のカルステン・フグリーン。昨夜からの雪に足跡はなく、物音さえしない。犬さえも気がつかないのか、村人全員がどこかへ行ってしまったようだ。

 被害者の中に自分の母親の養父母がいることがわかったスウェーデン南部の女性裁判官ビルギッタ・ロスリンは一人で事件を追いはじめた。

 事件の周辺に見え隠れするのは、正体不明の中国人。

 ビルギッタが一人忍び込んだ養父母の家で見つけたのは、J・Aという頭文字の人間が書いた古い日記。ヤン(Jan)アウグスト(August)・アンドレンの日記。彼はアメリカ大陸横断鉄道を建設する大きな鉄道会社の工事主任で、ネヴァダ沙漠を東に向かって建設される鉄道の現場監督だった。

 物語の舞台は、1863年の中国。
 極貧の暮しから逃げ出した小作人サン兄弟が、広東で拐かされてアメリカに送り込まれ、大陸横断鉄道の建設現場の工夫として生き地獄を体験する物語。過酷な奴隷労働を強いる現場監督のJ・A。自由の身になったとき、一人生き延びたサンは子孫のために兄弟の生涯を日記に書き残す。

 逆の立場で書かれたもう一つの日記。

 2006年、サンの子孫ヤン・ルーと姉ホンクィを中心とした現代の中国。ヤン・ルーの野望と他国を搾取することに繋がる新植民地主義に反対するホンクィの生き方。姉弟の相克。

 「訳者あとがき」で柳沢由実子が本作品について、次のように紹介している。

『北京から来た男』の主題は中国である。マンケルは今回、スウェーデン北部の寒村で起きた一つの事件から物語を展開し、人口十三億を超える超大国中国、数千年の歴史を持ちながら第二次世界大戦後の1949年に新しく中華人民共和国として生まれ変わった中国を、そして現在も強力に推し進められているその途方もないスケールの変革の一部を、リアルに私たちに見せてくれる。(下巻311ページ)

1999年にシリーズ九作目の『ピラミッド』を発表し、それから十年間ヴァランダー・シリーズを休む。この間に重厚な小説を十二作書き上げている。『北京から来た男』はその中の一作品である。(317ページ)

 訳者が記す重厚な小説とは、どのような内容なのだろうか。好奇心をそそられる。

2014年7月25日 初版



「タンゴステップ」 上・下 ヘニング・マンケル

「タンゴステップ」 上・下
著 者 ヘニング・マンケル
訳 者 柳沢由実子
発行所 創元推理文庫


 本作品がスウェーデンで刊行されたのは2000年。

 その後、2002年にヴァランダー・シリーズ第九作目「霜の降りる前に」が発表され、本作品の主人公ステファン・リンドマンがクルト・ヴァランダーの娘リンダの相方を務めることになる。

 ヴァランダー・シリーズとは違った味わい。本作品が2005年度ガムシュー賞のヨーロッパ犯罪小説最優秀賞を受賞するのもむべなるかな。

 「訳者あとがき」で柳沢由実子が本作品について、

 この本は犯罪小説というジャンルに分類されるだろうが、わたしはあえて分類するとすれば、歴史の流れをふまえて、国際的な見地から現代社会の暗部をえぐり出す社会小説であると思う。(下巻341ページ)

と位置付けているが、それは作者ヘニング・マンケルが登場人物のひとりマーガレット・シモンズに語らせた内容からも推し量ることができる。

「わたしはナチズムがヒトラーとともに死に絶えると思ったことはないわ。邪悪な考えをもつ人間たち、人間蔑視、人種差別は今日でも厳然として存在します。でも、その思想はいまでは別の名前、別の手段をもっているのよ。今日では戦場で軍隊が戦うような戦争は存在しない。憎悪の対象になる人間たちに対する襲撃はほかの形で表される。下のほうから、と言うこともできますね。いまこの国、ヨーロッパ全体は内側から爆発しようとしている。弱者を侮り、移民を襲い、人種差別をすることで。それはあらゆるところに見られる。そうじゃありませんか? そしてその動きに対して、わたしたちは断固として対抗する決定的手段をもっていないのです」(下巻333ページ)

 本作品がスウェーデンで発表されたのは2000年。今年は、2018年。ヘニング・マンケルが抱いた虞はヨーロッパだけでなく世界中で表面化してきている。日本もまた例外ではない。

 弱者に対する侮り。現代の日本の為政者の原動力は、国民に対する侮り。為政者に対して、断固として対抗する決定的手段をもっていない国民に対する侮り。その侮りの現われが「赤坂自民亭」。それを糾弾することができない国民に対する侮り。死刑執行前日の「赤坂自民亭」。

 プロローグは、「ドイツ 1945年12月」。ナチスの戦犯たちをイギリス人の絞首刑執行人が処刑する場面からはじまる。そして、本文。1999年の秋、スウェーデン北部ヘリェダーレンの深い森の中で、一人の老人の惨殺死体がみつかった。あとには血だらけの足跡が残されていた。それはダンススクールで習うような基本的なタンゴステップだった。

訳者あとがき

2008年5月23日 初版



「告白 あるPKO隊員の死・23年目の真実」 旗手啓介

「告白 あるPKO隊員の死・23年目の真実」
著 者 旗手啓介 (はたて けいすけ)
発行所 講談社


 1993年5月4日、カンボジア北西部のタイ国境付近のアンピル地区で日本の文民警察官が参加した国連の選挙監視団が武装集団による一斉攻撃を受け、日本人の文民警察官のひとり岡山県警の髙田晴行氏が死亡した。

 PKO参加五原則
 1.紛争当事者間の停戦合意の成立
 2.紛争当事者の受け入れ同意
 3.中立性の厳守
 4.上記の減速が満たされない場合の撤収
 5.武器の使用は必要最小限

 その後、カンボジアに日本のPKO部隊が派遣されると、五原則のうちの一番目「紛争当事者間の停戦合意の成立」について、ポル・ポト派が停戦違反を繰り返し、とくにプノンペン政府軍との間で戦闘が頻発していくなかで、「紛争当事者間の停戦合意は崩れているのではないか」と激しい議論を呼んでいく。

 5月4日の襲撃事件の真相は?

 襲撃現場がポル・ポト派の支配地域の近くだったこと、軍服や武器に見覚えがあったこと、襲撃グループのなかに顔を見知った男がいたことなどポル・ポト派の犯行をうかがわせる状況証拠はいくらでもあった。

 もし事件がポル・ポト派の犯行だとすれば「紛争当事者間の停戦合意の成立」というPKO参加五原則のひとつが崩れているという見方をとることができた。しかし、ポル・ポト派は関与を否定、UNTACは「正体不明の武装集団による犯行だ」とし、日本政府もそれを追認した。

 1993年7月20日、カンボジアから帰国した74名の隊員たちは、東京・小平市にある関東管区警察学校に再集合し、全員で髙田警視の「公葬ビデオ」を見た後、アンケート調査が行われ、その後各自で報告書を書き、階級ごとに業務検討会が行われた。

 隊員たちによると、派遣の実態を内部で唯一、検討した機会だったという。検討会の内容を総括した八枚の内部文書。事前研修や現地の状況、安全対策などについて項目ごとに隊員たちの意見がまとめられた。

 帰国直後に行われた唯一の検討会。内容は公にされることはなかった。

 これ以降、国際平和協力本部や外務省などから隊員たちに聞き取り調査が行われることもなく、PKO派遣の実態が詳しく検証されることもなかった。

 日本政府が行うとしていた髙田警視殺害事件の真相究明もなされることはなかった。

 検証なき国家。

2018年1月16日 第1刷発行

「霜の降りる前に」 上・下 ヘニング・マンケル

「霜の降りる前に」 上・下
著 者 ヘニング・マンケル
訳 者 柳沢由実子
発行所 創元推理文庫


 スウェーデンの作家ヘニング・マンケルのヴァランダー・シリーズ第九作目。
 本作品がスウェーデンで刊行されたのは2002年

 クルト・ヴァランダーの娘リンダが警察官になることが予告されていた前作。まもなく三十歳になるリンダは警察学校を修了して秋からイースタ署に赴任することが決まっていた。

 この夏は父クルトのアパートに同居し、久しぶりの故郷で旧友ふたりとの付き合いも復活した。ところが、その友人のひとりアンナが突然行方不明に。

 アンナになにが?

 まだ正式に警察官になっていないからと諫める父の制止を振り切って勝手に調べ始めるリンダ。

 奇妙な事件が続いていたイースタ周辺。女性が行方不明になったとの通報が入る。行方の分からなくなったアンナの日記に行方不明になった女性の名前が載っていた。

 本作は1978年に南アメリカのガイアナのジャングルで実際に起きたカルト集団〈ピープルズ・テンプル〉の集団自殺を背景にして描かれる。物語は、集団自殺という名の虐殺現場から逃げ出したたった一人の信者の独白で始まる。

 クルトの娘リンダが父とともに難事件に挑む。

訳者あとがき

2016年1月22日 初版



「ファイアーウォール」 上・下 ヘニング・マンケル

「ファイアーウォール」 上・下
著 者 ヘニング・マンケル
訳 者 柳沢由実子
発行所 創元推理文庫


 スウェーデンの作家ヘニング・マンケルのヴァランダー・シリーズ第八作目。

 本作品がスウェーデンで刊行されたのは1998年

 1990年代末のスウェーデン。
 本作品もまた、無秩序な世の中の到来を嘆きながらも、警察官としての使命を全うしようと葛藤するヴァランダーが描かれる。作者ヘニング・マンケルが作中人物の姿を借りて、スウェーデンに生きる人たちの思いを代弁する。

 今、2018年。この日本に生きる人たちもまた、この国はどうなっていくのか、という思いを強めながら、毎日の生活を送っているに違いない。

 西日本豪雨の被害を伝える本日の朝刊を読みながら思うことは、想定外を想定できなかったのか、ということ。

 大陸の東側に位置する地震列島、日本。温帯という生活しやすい気候帯に属するといいながらも、季節風の影響を受ける大陸の東側。温帯のなかでも過酷な気候条件。自然の猛威は計り知れない。誰もが知っている自然の過酷さなのだが、霞が関に住む為政者は、そのような自然の猛威を体感することはないのだろう。

 自然災害を緩和する施策はあるはずなのに、それを行なわない無策。私たちが納める税金は無駄なところ、為政者の私利私欲に消費されている。

 十代の少女二人がタクシー運転手をハンマーとナイフで襲い、瀕死の重傷を負わせた。本人たちは金ほしさからというが、ヴァランダーは疑う。緊急に金が必要ではなさそうなのに、六百クローネ(約七千円)のために人を殺すだろうか。

 疑問を抱き続けるヴァランダーに別件で現金自動支払機の前で死体が発見されたとの報告が入る。事件性がないと片付けられるが、警察署から脱走した少女の一人が、まもなく変電所で焼死体となって発見されたところから、事件は思いがけない方向へと展開する。

 新しい時代の犯罪をテーマに、苦悩するヴァランダーが描かれる。

訳者あとがき

2012年9月21日 初版



「背後の足音」 上・下 ヘニング・マンケル

「背後の足音」 上・下
著 者 ヘニング・マンケル
訳 者 柳沢由実子
発行所 創元推理文庫


 スウェーデンの作家ヘニング・マンケルのヴァランダー・シリーズ第七作目。

 ヴァランダー・シリーズを面白く感じるのは、事件解決の課程、いわゆる謎解きだけでなく、スウェーデン社会が内蔵する様々な課題、その真只中で苦悩する人々の生き様が臨場感あふれる筆致で描かれ、その姿に共鳴する読者としての自分自身を見出すことができるからに違いない。

 世紀末を実感させる時代のスウェーデン社会のやるせなさを、作者はストーリー展開の一環として、あるいは作中人物の独白として、いくたびも物語のなかに散りばめる。

 そんな箇所をいくつか挙げてみると、

 犯罪が割に合うことかどうかは議論の余地があるところだ。そもそも犯罪が割に合うかどうかなどということがいつから議論されるようになったのかはさだかではない。が、彼はかなり前からスウェーデンの犯罪率はかつてないほど上がっているという実感をもっている。巧みな経済犯罪を犯す者たちは、いまではほとんど捕まえることができないフリーゾーンにいると言っていい。そこでは法治国家という概念は完全に死滅している。(上巻42~43ページ)

「いったいこの国はどうなっていくんでしょう?」(上巻78ページ)

「スウェーデンは情け容赦のない国になった。非情で残酷な国だ」(上巻197ページ)

 イースタ警察署に一人の若者の母親から、娘を捜してくれという訴えがあった。夏至前夜(ミッドサマー・イヴ)に友人と出かけて以来、行方がわからないという。旅先から絵はがきが送られてきたのだが、偽物らしい。

 ヴァランダーは捜査会議を招集するが、刑事のひとりスヴェードベリが無断で欠席した。几帳面な彼がなぜ? 不審に思って彼のアパートを訪ねたヴァランダーの目の前には、信じられない光景が広がっていた。

 スヴェードベリ殺しの捜査を開始するやいなや、奇怪な殺人事件が続けて発生する。ぜんぶで八人の被害者。

 本作品がスウェーデンで刊行されたのは1997年だが、現代は、なんらかの不満や鬱憤の爆発による無差別殺人が世界中で起こされている時代。日本もまた例外ではない。この混迷の時代、現代を生きる人間として如何にあるべきか、登場人物とともに、そのことについての思索を深めることができる。

訳者あとがき

解説 総合芸術としての警察小説――ヘニング・マンケル再考――
                  小山 正(ミステリ研究家)

2011年7月22日 初版



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Author:きどのひつじ
散歩すると猫に会う。
いつもの場所にいつもの猫がいるのだが、人間とは付かず離れずの関係を保ちつつ生きているように思われる。

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