たとふれば猫かもしれず

見たり、読んだり、思ったり。

宮城谷昌光 「沙中の回廊」 上・下

宮城谷昌光 「沙中の回廊」 上・下
著 者 宮城谷昌光 (みやぎたに まさみつ)
発行所 文春文庫


 主人公は士会。
 中国春秋時代の晋の武将、政治家。

 没落寸前の家に生を受けた士会は、並外れた兵略の才と知力で文公・重耳(紀元前696年~ 紀元前628年、在位紀元前636年~ 紀元前628年)に見いだされ、名を挙げていく。

 恵公(夷吾)が亡くなったことで文公(重耳)が即位。しかし、恵公を輔けた郤芮(げきぜい)と呂甥(りょせい)は文公に心服せず、文公を暗殺すべく挙兵した。

 晋という国が新制のもと再出発するには、長い流亡を終えて帰国し、即位してまもない文公の徳政が不可欠、文公が横死すれば、晋は以前の暗黒の国にもどると心のなかで絶叫しながら、宮門を趕(はし)りでて敵兵を倒しつつ、文公をさがす士会の動静から物語は始まる。紀元前636年。晋の文公元年。

 このとき川辺をさがすために乗り込もうとした舟のなか、むしろの下、血まみれになって横たわっていた武人が郤缺(げきけつ)。これが奇縁となって、後に秦に亡命した士会が晋に呼びもどされて晋の宰相にまで上り詰めることになる。その伏線の心憎いこと。

 真の宰相とは。中国春秋時代に生きた士会に仮託して、著者の理想とする宰相の姿が表現されました。

「沙中の回廊」 上・下 2004年12月10日 第1刷



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[ 2018/04/26 16:00 ] 国内の作家の本 宮城谷昌光 | TB(-) | CM(0)

大高郁子 絵・編 「久保田万太郎の履歴書」

「久保田万太郎の履歴書」
絵・編 大高郁子 (おおたか いくこ)
発行所 河出書房新社


 絵物語「久保田万太郎」。

 久保田万太郎といえば、

 湯豆腐やいのちのはてのうすあかり  久保田万太郎

久保田万太郎 くぼた・まんたろう
小説家、劇作家、俳人。
1889年、東京生まれ。
慶應義塾大学部文学科卒業。

一貫して東京の下町に生きる人々の心情を描き続けた。
また、劇作・演出も手がけ、獅子文六、岸田國士らと
文学座の創立に加わった。
代表作に小説『末枯』『春泥』『三の酉』、
戯曲『大寺学校』、句集『道芝』など。
戦後、俳誌『春燈』主宰。
日本芸術院会員、文化勲章受賞。
1963年、没。

大高郁子 おおたか・いくこ
イラストレーター。
1964年、兵庫県尼崎市生まれ。
京都精華大学デザイン学科卒業。

2013年、HBギャラリーファイルコンペ日下潤一賞受賞。
2016年、漆原冬児と二人展「久保田万太郎と芥川龍之介」を
人形町ヴィジョンズで開催。

2018年2月28日 初版発行

[ 2018/04/24 02:00 ] 国内の作家の本 大高郁子 | TB(-) | CM(0)

樋口明雄 「標高二八〇〇米」

「標高二八〇〇米」
著 者 樋口明雄 (ひぐち あきお)
発行所 徳間文庫


 怪異譚8篇。

「モーレン小屋」
 三月のツアーガイド付き登山「立山縦走ツアー・避難小屋泊まり二泊三日健脚向きコース」の参加者は五人。たったひとりの山岳ガイドは雪庇を踏み抜いた客のひとりを助けようとして転落。山岳ガイドを失った一行は絶望の中でひたすら歩き続けた。そんな矢先、彼らが遭遇したのが単独行の登山者、間宮恵介だった。

「屍山」
 二十年間、赤石山脈で猟をしてきた小塚八重吉。確実に急所に命中したはずの獲物、凛々しい角を持つ大きな牡鹿はなだらかにせり上がる斜面に点々と赤い痕を残しながら丘の向こうに消えていった。「あれは・・・・・鹿でねえ」。八重吉が家に戻ると身重の妻が高熱を発して幽明の境を流離っていた。

「渓にて」
 「おそらく今日が最後の一日」。その朝、鳥の声で目を覚ました久住耕介は宗方幹也といっしょに渓を遡行しながら釣りをした。

「霧が晴れたら」
 高嶋光彦は鎖場で足を滑らせ、ゴツゴツした岩場に、まともに背中から落ちて、後頭部を強打した。これで死ぬのだろうと思ったのだが、何気なく上体を起こすと、ひょいという感じで上半身が持ち上がった。

「標高二八〇〇米」
 標高3193メートルの北岳山頂で小学五年の息子、涼とふたり、早めの昼食を食べ終えた滝川康平は息子に下山の準備をいおうとした。「どうした? 気分でも悪いのか」「ちょっと頭が痛い」高山病の兆候かもしれない。早めの下山を決意した滝川だが、途中で立ち寄った山小屋には誰ひとりとしていなかった。

「闇の底より」
 JR上越線の土合駅で下車したぼくは、竿を振って毛鉤を飛ばしながら、湯檜曽川の渓を遡行し始めた。

「最終電車」
 交通事故で妻子を失った里見正彦は自分の居るべき場所をなくしてしまった。最終電車に乗るため地下街を歩いていた彼が行き着いた先の切符売り場と改札口。看板に書かれていたのは『国鉄線 八重洲中央入口 きっぷうりば』。

「夜よりも暗い影」
 《新井東住宅》A棟14階に住む長坂冬樹が煙草を吸う場所は部屋の外、猫の額ほどにも狭いベランダ。芝生が植えられた緑地帯を挟んだ真向かいにB棟の建物があった。B棟11階の左から二番目の部屋の住人は若い娘だった。

「リセット」
 「標高二八〇〇米」の続編。
 標高二八〇〇メートルを境として、その高度よりも高い場所にいた者だけが消滅を逃れ、下界には誰ひとりとしていなくなっていた。

 解説は、千街晶之。

2013年7月15日 初版

[ 2018/04/23 22:00 ] 国内の作家の本 樋口明雄 | TB(-) | CM(0)

樋口明雄 「許されざるもの」

「許されざるもの」
著 者 樋口明雄 (ひぐち あきお)
発行所 光文社


 「約束の地」の続編。

 絶滅のかの狼を連れ歩く  三橋敏雄

 1905年、奈良県東吉野村で捕えられた雄の狼が、日本で最後の捕獲記録。日本で絶滅した狼を日本の山に復活させようという壮大な、あるいは荒唐無稽な計画が作品のメインテーマ。読み始めるや否や、ワクワクどきどきしながら、その日のうちに読み終えることができた。

 惜しむらくは、本書でもアイテムの一つとして無線機が登場するのだが、その記述に違和感を覚えてしまう。その箇所を抜き出してみると、

 新海が車から八木アンテナと携帯用受信機を持ってきた。八重洲無線というメーカーのFT-817という受信機は、今では野生動物調査における、お馴染みの機種である。テレメトリー調査のために動物につけた首輪が発信する電波は、144MHz帯のFM波の中でもLSBという特殊な波長であるために、通常のFM受信機では捉えることができない。
 六素子の折りたたみ式八木アンテナを開いて、左右に振りながら、新海がクマの居場所を探査し始めた。対象はまだ近くにいるらしく、すぐに断続的なビーコンが受信機に飛び込んでくる。(本書35ページ)

 アマチュア無線の世界で代表的な電波形式といえば、CW、SSB、FM。SSBはLSBとUSBに分類され、6ⅿ(50MHz帯)より波長が短いVHFではUSBが使用される。となれば、「144MHz帯のFM波の中でもLSBという特殊な波長である」という記述は文意不明で理解しがたい。

 次に、「すぐに断続的なビーコンが受信機に飛び込んでくる」という箇所。ビーコンを日本語で言い換えると、無線標識。ビーコンを受信することによって、その周波数の電波状態や電波が発射されている方向を特定することができる。ビーコンの電波形式はCW(電信)。

 再度確認しておくと、CW、SSB(LSB、USB)、FMは電波形式が異なっている。したがって、「テレメトリー調査のために動物につけた首輪が発信する電波は、144MHz帯のFM波の中でもLSBという特殊な波長であるために、通常のFM受信機では捉えることができない。」という記述は理解不能となる。

 例えば、「テレメトリー調査のために動物につけた首輪が発信する電波は、144MHz帯のなかでもCWという特殊な電波形式であるために、通常のFM受信機では捉えることができない。」という記述なら理解できるのですが。

 50MHz帯の代表的なビーコンは2エリアで発射されているJA2IGYのビーコン。

トトトツー
トトトツー
トトトツー
ツートト

トツーツーツー
トツー
トトツーツーツー
トト
ツーツート
ツートツーツー

(繰り返す)

 本書21ページの記述、「別の牝の個体がFM波の発信機をつけていたので」という箇所でも違和感を覚えたので、ビーコンといえばCW、FMはあり得ないと、wikiで「雪崩ビーコン」を検索してみたところ、「雪崩ビーコン(なだれビーコン)は、雪崩により雪中に埋没した人の捜索のために作られたトランシーバの一種。中波(MF)に分類される457kHzの微弱電波を利用することが世界的に規格化されている。」という記載。

 中波(MF)をFMと混同されているのかもしれませんね。

2014年7月20日 初版1刷発行

[ 2018/04/16 16:00 ] 国内の作家の本 樋口明雄 | TB(-) | CM(0)

宮城谷昌光 「楽毅」 (1) (2) (3) (4)

宮城谷昌光 「楽毅」 (1) (2) (3) (4)
著 者 宮城谷昌光 (みやぎたに まさみつ)
発行所 新潮文庫


 一国の宰相とは。

 森友学園を巡る財務省の公文書改ざんや、加計学園の獣医学部新設計画について当時の首相秘書官が「首相案件」と発言したとされる文書が見つかった問題を受け、安倍政権に退陣を迫る集会が14日、東京・永田町の国会議事堂前で開かれ、約3万人(主催者発表)が周辺を埋め尽くした。
 集会は三つの市民団体の共催。野党の国会議員や市民団体関係者がマイクを握り、「安倍首相は真相を解明してうみを出し切ると言うが、出すべきうみは首相自身だ」などと政権を批判した。(毎日新聞2018年4月15日朝刊社会面)

 楽毅は、古代中国の戦国期、「戦国七雄」にも数えられぬ小国、中山国の宰相の嫡子として生まれた。「三年間の留学。三年経ったら必ず帰る」という父との約束のもとに学ぶ斉の都・臨淄での日々。楽毅が己に問いかけた課題は「人がみごとに生きるとは、どういうことか」。

 楽毅が入門したのは孫子。世に孫子とよばれる大兵略家はふたり。ひとりは春秋時代の孫武。ほかのひとりは戦国時代の孫臏。孫臏は孫武の末裔。彼は孫臏の弟子のひとりに入門し、そこで孫武と孫臏の功績と戦法とを学んだ。

 斉の都に学んだ青年・楽毅を祖国で待ち受けていたのは、国家存立を脅かす愚昧な君主による危うい舵取りと、隣国・趙の執拗な侵略。

 趙の侵略はとどまるところを知らず、戦火は絶えない。中山国の君臣は方策を講じず、内外で声望のたかまる楽毅を疎んじ続け、国土の大半を失った。

 趙の苛烈な侵攻。中山国の邑は次々に落ち、中山国王も没した。祖国の存続をかけ、機略を胸に策を講ずる楽毅。しかし、ついに中山国は滅亡。

 祖国を失った楽毅。

 楽毅の将才を高く評価した燕の昭王が三顧の礼で楽毅を迎え、楽毅に大望を託したのだが・・・・・。

 孟嘗君は楽毅の年長の同時代人。

「楽毅」 (1) (2) 2002年4月1日 発行
「楽毅」 (3) (4) 2002年5月1日 発行







[ 2018/04/15 04:00 ] 国内の作家の本 宮城谷昌光 | TB(-) | CM(-)

桜木紫乃 「砂上」

「砂上」
著 者 桜木紫乃 (さくらぎ しの)
発行所 角川書店


 「砂上」という言葉を聞いて連想するのは「砂上の楼閣」というフレーズ。スーパー大辞林3.0によると「砂上の楼閣」とは、①基礎がしっかりしていないために崩れやすい物事のたとえ。②実現または永続不可能な物事のたとえ。空中楼閣。

 本書で使われた「砂上」の意味するところは。砂の上を歩くのは、なかなか難儀。砂に足がめり込むゆえ、足取りをしっかりしなければ歩きづらい。だが、足元を踏みしめれば、その歩みは確実なものとなり安定する。

 作家になることを夢見つつ小説モドキを書いていた主人公が如何にして作家になったか、その過程が虚実ないまぜにしながら小説に仕立てあげられた。主人公の着実な歩み。作家になるとは、人に読ませる小説を仕立てあげるとはかくも残酷なものであった。

 他人の不幸は蜜の味。実生活でそんな不幸がコロコロ転がっていることなんてあり得ない。他人の不幸を味わいたいがために、人は小説を読むのかもしれない。とすれば他人の不幸の源とは。人の不幸を如何に効果的に提示するか、すべては作家の手練手管にかかっている。

 文芸誌の新人賞に応募し続けていた柊令央(ひいらぎれお)の前に現れた女性編集者・小川乙三(おがわおとみ)が発したキーワードは「主体性のなさって、文章に出ますよね」。

 「主体性のある文章」とは。

 読者が望むのは毒のある小説。作者が捏造する毒が読者にこのうえない快感をもたらす。読者を、作者が捏造した毒の虜にさせることができたとき、作者もまた物語を紡ぎだす快感を味わっているに違いない。他人の不幸は蜜の味というが、他人の不幸をどれだけ仕入れることができるか。仕入れた不幸を如何に調理するか。ひとつの不幸から百の不幸を捏造することができるようになったとき、作家として大成できるのかもしれない。

 不幸という名の毒。その毒は、すぐに毒と感知されてはならない。真綿で首を締めるという表現があるが、小説に仕込まれる毒もまた真綿でなければならない。

 圧倒的な読後感とともに読み終える作品世界の始まりは、一見、平凡なものであった。平凡のなかの非凡。


 雪は、舞い始めてから数住んで根雪を約束しそうな降りに変わった。
 柊令央(ひいらぎれお)は喫茶店の窓辺から、すっかり色が消えた空を見た。この先は、根雪が空に呼びかけるせいで毎日雪が降る。
 女がひとり店に入ってきた。・・・・・


 作品の舞台は、著者が住む北海道(江別市)。主人公は柊令央。柊、木偏に冬。柊という苗字から連想するのは寒冷地。令央、レオ。レオナ、たとえば漢字を当てはめて玲於奈なら女性。レオという音から、男性かと思ったが女性が主人公。そういえば、ジャングル大帝レオ。そしてまた令央という単語から連想するのは道央、北海道の中央、札幌を中心とした辺り、著者の住む江別市もまた道央。

 徹底して寒冷地に拘った名前。

 今どき喫茶店とういうレトロな待ち合わせ場所。スターバックスでもなくマクドでもない。季節はこれから根雪を迎える本格的な冬直前。待ち合わせ場所に現れたのは「女がひとり」。

 何気なく読めば読み飛ばしそうな表現ながら、深読みすれば意味深長な表現。ゾクゾク、ワクワク。桜木紫乃作「砂上」。小説内小説、柊令央作「砂上」。小説は毒がなければ面白くない。

 小説家はマゾヒスト、編集者はサディスト。サディストとマゾヒストの息の根がピッタリ合ったとき最高の快楽、傑作が生み出される。

 全篇を貫くテーマは主体性。

 小川乙三のアドバイスを受けいれることによって小説のみならず生き方に主体性を獲得していく主人公。片や主体性の欠片すらない男たちと男の嫉妬。その対極の妙味。極めつけは、令央が毎年応募していた会社の文芸編集部の男性編集者。嫉妬の権化。

2017年9月29日 初版発行

[ 2018/04/08 13:00 ] 国内の作家の本 桜木紫乃 | TB(-) | CM(-)

樋口明雄 「天空の犬」

「天空の犬」
著 者 樋口明雄 (ひぐち あきお)
発行所 徳間書店


 「南アルプス山岳救助隊K-9」シリーズ第一作。

 本書の初刷は2012年8月31日。八月下旬といえば、ちょうど夏山シーズンが終わり、高山帯では秋本番を迎えるころ。本書をきっかけに秋の北岳へ向かった人もいただろう。

 シリーズ化される前の山梨県警察南アルプス署地域課 広河原警備本部 白根御池小屋警備派出所 夏山常駐隊のようす、なかでも、星野夏実、神崎静奈、深町敬仁など、シリーズとして読み続ける場合、欠かすことのできない登場人物の内面世界を、その心模様を知ることができる。

 第一作としての本書を読むことによって、その後、いわくありげに書かれたことについて、「そうだったのか」と納得することができた。

 すぐれた小説として大成できるかどうかは、読者を第三の登場人物として、小説世界の一員になりきらせることができるかどうかにかかっているようだ。読者をしてその場にいるかのように感じさせてしまう臨場感。仮想世界ながら、読むことによって実体験しているという共感覚を得ることができれば、その小説の面白さは際立ったものとなる。

 すぐれた作品は読者を小説世界の登場人物のひとりにしてしまうのである。

2012年8月31日 初刷

[ 2018/04/06 20:00 ] 国内の作家の本 樋口明雄 | TB(-) | CM(-)
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きどのひつじ

Author:きどのひつじ
散歩すると猫に会う。
いつもの場所にいつもの猫がいるのだが、人間とは付かず離れずの関係を保ちつつ生きているように思われる。

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