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たとふれば猫かもしれず

見たり、読んだり、思ったり。

「心音」 乾ルカ

「心音」
著 者 乾ルカ (いぬい るか)
発行所 光文社


 拡張型心筋症。
 心臓移植をめぐる悪意の連鎖が描かれる。

 日本では臓器移植を待つ患者数に対して、ドナーが圧倒的に足りない。補助人工心臓をつけざるを得ないような緊急度の高い患者になると、いつドナーが現れるかわからない国内でじっとしているのは難しく、国内での移植手術が可能でも、目玉が飛び出るような金額が必要であっても海外を頼る。

 今、日本の患者を受け入れてくれる国は、ほぼアメリカだけ。必要金額を工面するため、救う会を立ち上げ、募金活動を行う。目標金額は一億五千万円。

 同じころ、似通った境遇の二人の少女がいた。

 どちらも、もともとの住まいは北海道内。病名は同じ、拡張型心筋症。年齢は二つ違いだが、診断がついた時期、転院した先が東京都内であること、薬の服用で病状を抑えられていた期間、一天悪化し補助人工心臓装着に至った流れも、そっくりだった。

 救う会が設定した目標金額も同じだった。

 片方は、少女の死により役目を終え、目標額には至らなかったが、集まっていた募金のすべては、臓器移植を支援する特定非営利活動法人に寄付された。もう片方の少女は、目標額を二割以上上回る善意を集め、余剰額を寄付に回している。

 一億五千万円の寄付を集めて、アメリカで心臓移植手術を受けることができた少女、城石明音の物語。

 殺人者になったかもしれない最終場面で気づいた母の願い。明音にとっての生きることの意義。新たなる城石明音の『誕生』。

2019年4月30日 初版1刷発行

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[ 2019/08/25 00:00 ] 国内の作家の本 乾ルカ | TB(-) | CM(0)

「極北のひかり」 松本紀生

「極北のひかり」
著 者 松本紀生 (まつもと のりお)
発行所 クレヴィス


 アラスカを撮る写真家になる。

 そして彼は、アラスカを撮る写真家になった。

 なぜ彼はアラスカを撮る写真家になろうと思ったのか。その決意の源と実行力はどのようにして湧きたったのか。写真撮影を趣味とする人は多い。そしてまた、それを生業とする人もまた散見する。しかし、それだけで生計を立てることなど、なかなかできるものではない。しかし彼はアラスカを撮る写真家になった。

 アラスカどころか写真自体が独学だという。時間を見つけて外へ出てはヘタな写真を撮り続けたという。

 彼は断言する。


 己の感性で表現する写真という芸術を、誰かから学ぼうとは考えなかった。教えられたとおりの構図やテクニックで撮った写真が仮に高く評価されたとしても、おそらく自分は嬉しくないだろう。(16ページ)


 彼がアラスカを撮る写真家になるまでの道程が、アラスカでの四季の撮影行のなか、回想をまじえながら語られる。

目 次
序章  埋み火
第一章 北へ
第二章 クジラの季節
第三章 紅の海
第四章 デナリ
終章  再び

 巻末の著者略歴によると、

1972年愛媛県松山市生まれ。写真家。アラスカ大学卒業。年の約半分をアラスカで過ごし、動物やオーロラの撮影に専念する。

と記載されている。

 公式ウェブサイトは、http://www.matsumotonorio.com/

 なぜ彼は、単独行でアラスカを撮り続けようとするのか。222ページで彼の生き方を表章する文章が綴られる。


 〈何を撮ったか〉ではなく〈どう撮ったか〉を大切にしたいという思いがある。人の生涯において〈何を成し遂げたか〉よりも〈どう生きたのか〉に本質が宿ると信じるからである。つまるところそれは、〈自分はどう生きるのか〉という根源的な問いにまで関わってくる。(222ページ)


 これからの人生を自分はどう生きるのか。
 どう生きたいのか。
 この本は、わたしに新たなる決意を与えた。

2019年4月25日 第1刷発行


[ 2019/08/20 15:00 ] 国内の作家の本 松本紀生 | TB(-) | CM(0)

「芭蕉の誘惑 全紀行を追いかける」 嵐山光三郎

「芭蕉の誘惑 全紀行を追いかける」
著 者 嵐山光三郎 (あらしやま こうざぶろう)
発行所 JTB


 芭蕉を追体験する最善の道は作句の現場に立つことである。芭蕉の発句を机上で解釈しようとしても限界がある。限界があるから、いかに高名な大先生であっても、頓珍漢な読みになってしまう。芭蕉フリークの著者が芭蕉の全紀行を追体験することによって見えてきたものをビビッドに活写した。

 いくつかあげてみると、

 芭蕉全紀行の白眉はなんといっても『奥の細道』。本書では158ページ、芭蕉が千住で詠んだ『細道』の二句め、

行春や鳥啼魚の目は泪

が俎上に載せられる箇所からが断然おもしろい。


 いささか驚いたのは魚屋がやたらと多いことであった。どじょうやうなぎといった川魚が並べられているのは千住ならではであった。チラリと頭に浮かんだのは、『細道』の二句めの
  行春や鳥啼魚の目は泪
 である。行く春のなかで、離別を悲しんで鳥は啼き、魚も目に涙を浮かべている、というほどの意味である。「鳥が啼く」のはいいとして「魚の目は泪」というのはいかなる意味であるのか。川を泳ぐ魚が泪を流す、というのはあまりにも幼児的な描写である。

「魚の目は泪」は、魚屋に並べられている魚の目が泪を流したように濡れている、という写生句ではないか、と私は考えた。千住に六日間滞在した芭蕉だからこそ見た光景を詠みこんだのではないだろうか。(158ページ)


 つづいて得心がいったのは、176ページから記載される「遊行柳」の句についての著者の解釈。西行が「道のべに清水流るる柳陰しばしとてこそ立ちどまりつれ」と詠んだ場所で、芭蕉は、

田一枚植て立去る柳かな

と詠むのだが、


 この句を山本健吉氏はこう訳している〈西行法師が「道のべに清水流るる……」と詠んだこの柳のかげで、私もしばし立ちどまった。それは眼前の田で、早乙女たちが田を一枚植え終えるほどの時間で、私もまた放心から立ち戻って、この古蹟を立ち去ったのであった〉

 これは岩波版の杉浦正一郎氏・宮本三郎氏、また井本農一氏のほかほとんどの訳が同じであるが、芭蕉の本意はそうではあるまい。芭蕉は、風景をズバリとつかみとる達人で、「田一枚植て」が早乙女の行為で、「立去る」のが芭蕉の行為で、そこで切れて「柳かな」と状況説明するようなへたな作句はしない。この訳では目線がぷつぷつと切れる。スパーンと見切っていない。(177ページ)


 そして著者は断定する。


 私の解釈はこうである。
「柳の化け物が田を一枚植えて立ち去っていった。ふとそんな情景を幻視してしまった」

 この句の主役は柳なのであり、「田一枚植る」のも「立去る」のも柳なのである。句をそのまま直訳すればよい。遊行柳の前段に謡曲「殺生石」の説話をもってきた用意周到さはそのためであり、ここでは化物説話がたたみかけられるように語られるのである。しかも、柳の化物はじつは西行の歌霊でもあり、芭蕉は西行の旅をも幻視している。白日夢の句なのである。(177ページ~178ページ)


 芭蕉の発句を解釈する最善の道は芭蕉の足跡をたどることである。本書はJTBが発行しているだけに旅行案内としても優れている。著者の蕎麦フリークぶりも面白い。


 福井で特筆すべきは足羽川にかかる九十九橋に近い蕎麦屋三井屋である。福井では一番古い蕎麦屋で、この店のおろしそばがめっぽう上等である。大根おろしと花がつをがたっぷりかかっている。あまりにうまいので二杯食べてしまった。(237ページ)


 芭蕉フリーク、蕎麦フリークにとって必読の書といえるだろう。

2000年4月1日 初版発行

[ 2019/08/18 16:00 ] 国内の作家の本 嵐山光三郎 | TB(-) | CM(0)

「新撰 俳枕 5近畿Ⅱ」 監修 尾形仂・稲畑汀子

「新撰 俳枕 5近畿Ⅱ」
監 修 尾形 仂
稲畑汀子
発行所 朝日新聞社


 ここ数年、遠出することがなくなり、また遠出しようという気力もわかず、リュックサックにカメラを放り込んで、自宅を出発点として周辺を歩きまわるばかりの毎日。

 大阪周辺の俳枕を探すつもりで手にした本書。発行年は1989年。巻末に載せられている執筆者一覧は、なかなか贅沢な顔ぶれ。当時だから可能だった顔ぶれかもしれず、あげられた例句と写真との絶妙な取り合わせ。これは、これは、ホンの偶然ながら、得難い本に出合うことができた。

 大阪府の俳枕としてあげられているのは、江口の君堂、大阪、河内、堺、住吉、摂津、曽根崎、天満宮、灘波、野崎、法善寺、水無瀬、淀川。なかでも、堺、住吉、灘波、淀川は基本俳枕となっている。

 堺は基本俳枕だったのか。


「堺」の項目の執筆者は辻本斐山。

鵜がとんで堺の空の薄暑かな  高浜年尾

夏の季のさかひに聞ん子規  徳元
藤浪や上は夕波下は人  季吟
上り帆の淡路はなれぬ汐干哉  去来

みさゝぎの堺にかへる雨月かな  山本梅史
青簾堺の浦の夕凪に
蛸溢る夜市の浜の大盥  亮木滄浪

蛸提げて夜市戻りや彼もまた  大瀬雁来紅
高張に夜市果てたる雑魚寝かな  松田木公
利休忌や堺は繁華とりもどし  辻本斐山


 本書で取りあげられる俳枕は、京都府、大阪府、兵庫県、奈良県、和歌山県。もしやと思ってページを繰ってみると、かつて毎日俳壇の選者をつとめていた大峯あきらが「飛鳥」の項を執筆している。


「飛鳥」

飛鳥路の秋はしづかに土塀の日  長谷川素逝

 「あすか」と読ませるこの神秘的な飛鳥の地名の起源には諸説あって、よくわからないらしい。はるばると海波を飛んで来た鳥が羽を休める土地という意味もあるのか。

 飛鳥の句は地名や歴史にもたれやすくて、詩として一本立ちの句がすくない。そんな中で、素逝の作はとびきり新鮮である。大ていの俳人は、仏像や寺の礎石を詠むか、史実についての感慨を詠むのだが、素逝はそういう種類のものを完全に黙殺した。

 秋晴の日ざしを一杯に浴びたこの白い土塀こそ、飛鳥というものの正体だ、と作者は断定しているのである。

 作者にそういわれて、誰しも実にその通りだと思うだろう。歴史を避けた素逝の詩的戦略はかえって、永遠の飛鳥のみずみずしい断面を見事に捉えたのである。
                            (大峯あきら)


 俳枕の解説にとどまることのない見事な鑑賞である。

1989年3月30日 第1刷

[ 2019/08/15 17:00 ] 俳句の本 新撰俳枕 | TB(-) | CM(0)

「地下道の少女」 アンデシュ・ルースルンド&ベリエ・ヘルストレム

「地下道の少女」
著 者 アンデシュ・ルースルンド&ベリエ・ヘルストレム
訳 者 ヘレンハルメ美穂
発行所 早川書房


 本書がスウェーデンで刊行されたのは2007年。

 地下道での生活を強いられる人々が描かれる。ストリートチルドレン、ホームレス。日本で地下道といえば、地下に設けられた道路や通路、あるいは地下街などを思い浮かべてしまうが、本書の原題は、Flickan under gatan。意は「通りの下の少女」。本書の表紙に載せられているのは、人の行き交う足もとと道路上に設けられたマンホールの写真。

 ストックホルムの街路の下に張りめぐらされた下水道などのトンネル網。大阪や東京などを例にあげれば、すでに使われなくなった地下鉄の路線網などが連想される。彼女ら、彼らはなぜ地下道で生きることを選んだのか、選ばざるをえなかったのか。

 強い寒波に震える真冬のストックホルム。バスに乗せられたルーマニア人の子ども43人が、警察本部の近くで置き去りにされる事件が発生した。さらに病院の地下通路では、顔の肉を何カ所も抉られた女性の死体が発見された。

 グレーンス警部たちはふたつの事件を追い始める。

 本国で、十年以上前に発表された作品とはいえ、遺棄された43人のルーマニア人の子どもと女性の遺体がいかなる形でつながるのか。高度に発達した福祉国家スウェーデンの首都ストックホルムと、社会的にも経済的にも様ざまな問題を抱えたルーマニアの首都ブカレスト。

 本書399ページからの記述で、その当時のルーマニアの現況が明らかにされる。

ブカレストには、家を持たずに路上で暮らしているストリートチルドレンが何百人もいます。

それは周知の事実です。以前から知られていることで、もう何年も国際社会の批判の的になっています。そのうえ、他国の公的機関に保護されるルーマニア人児童の数は、一年あたり千人以上にのぼっています。親に売られて、物乞いや泥棒や売春婦になるのです。そういう子どもたちは、見つかりしだいルーマニアに送り返されます。

ルーマニア政府がここ数年、社会福祉プロジェクトをいくつも立ち上げて、それまでずっと見て見ぬふりをしてきたストリートチルドレンの問題に取り組んでいることも、また周知の事実です。

ただし、問題がひとつあります。ルーマニアの公的機関も、ドイツ、スウェーデン、ほかの欧州諸国の公的機関と、まったく同じように仕事を進めている。つまり、民間のコンサルティング業者に仕事を任せているのです。

ルーマニア政府が仕事を委託している民間コンサルティング会社はいくつもあります。

しかし、この会社――つやつやのパンフレットに笑顔の写真を載せた、この〈チャイルド・グローバル・ファウンデーション〉という会社に仕事を任せたのは、大きな間違いでした

〈チャイルド・グローバル・ファウンデーション〉には、子ども一人あたり一万ユーロが支払われました。

 こうしてストリートチルドレンは金儲けの道具になった。

 物語は現在と過去を往還しながら展開する。

 巻末に、

著者より
訳者あとがき
解説/川出正樹

2019年2月25日 発行

「煽動者」 ジェフリー・ディーヴァー

「煽動者」
著 者 ジェフリー・ディーヴァー
訳 者 池田真紀子 (いけだ まきこ)
発行所 文藝春秋


 キャサリン・ダンス・シリーズ第四作。

 カリフォルニア州中ほどの街モンテレーのナイトクラブ、人気バンドを招いた満員のコンサート会場で、大規模な将棋倒し事故が発生。きっかけは、かすかな煙の臭いだった。「火事だ」、観客はそう気づくやいなやパニックに陥り、我先に出口へと押し寄せて、多数の死傷者が発生した。

 観客が「火事だ」と判断した煙の元は会場の外に置かれたドラム缶の中身。ドラム缶の中から発見されたのはエンジンオイルとガソリンを染みこませたぼろ布、煙草の吸い殻。そして非常口は大型トラックでふさがれていた。

 観客は会場の外で焚かれた炎の煙を火事だと判断し、殺到した非常口はトラックで塞がれていた。仕組まれた惨事。人々を煽動することによって仕組まれた惨事。

 集団になると、人は別の生き物に変わる。人間ではなくなる。

 ここにいる大勢のなかのただの一人も、他人のことなど考えてはいない。人々は恐怖から理性を失った獣の群れと化していた。自分のことしか考えていない。自分が助かることだけを考えている。

 依頼者の求めに応じて惨劇現場の記録を提供する犯罪者の生態が描かれる。捜査官は同時進行で複数の犯罪捜査を手がけている。本書のもう一つの読みどころは犯罪者側に捜査情報を漏らしている捜査官をあぶりだすこと。

 結末で、キャサリン・ダンスとマイケル・オニールの恋の行方。

2016年10月15日 第1刷

「京都寺町三条のホームズ2 真贋事件簿」 望月麻衣

「京都寺町三条のホームズ2 真贋事件簿」
著 者 望月麻衣 (もちづき まい)
発行所 双葉文庫


 京都寺町三条の骨董品店『蔵』の店主の孫、家頭清貴、大学院1回生、通称『ホームズ』と、ひょんなことから『蔵』でアルバイトをすることになった埼玉県大宮市から京都に引っ越してきた高校二年生の真城葵を主人公に据えた人が殺されないミステリー。

 第二作にして、いよいよ絶好調。本書の第1刷の発行が2015年8月9日。今手元にあるのが2018年7月25日発行で、すでに第21刷。

 すでに還暦を過ぎたオジさんが読んでも面白いのだから、本シリーズの読者層は広いのではないかと思われる。そしてもちろん読者層の主体は中高生などのジュニア層といったところだろうか。

 若者と骨董という、一見ミスマッチな取り合わせ。ところが活躍の舞台を古都京都に設定することで、そのミスマッチが強みに転じてしまうという物語の展開の妙味。巻末に載せられている「参考著作・文献等」を見て、その方面に興味を持つ読者が現れるやもしれず。

 本書で描かれるのは、清貴と稀代の贋作師との対決、その発端。

2015年8月9日 第1刷発行

[ 2019/08/08 23:00 ] 国内の作家の本 望月麻衣 | TB(-) | CM(0)
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プロフィール

きどのひつじ

Author:きどのひつじ
散歩すると猫に会う。
いつもの場所にいつもの猫がいるのだが、人間とは付かず離れずの関係を保ちつつ生きているように思われる。

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